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彼女の休日 ジューンの場合 「……38度5分だね」 「マジ?」 「マジだよ。しばらくは安静にしてないなさい」 ニルソンが体温計を片手にスラリと答え、「」はベッドの上で想像以上の体調の悪さにげんなりした。 今朝から全身が熱っぽく意識が朦朧とする。そんな状態ではまともに動けるはずも無く、リビングでへたり込んでいた ところをジューンが見つけ、部屋に運び込んだ。 その後、風邪薬を飲んで横になっていたところを、話を聞いたニルソンが調子を診るために来たのだった。 先日、クリミナル・ギルドの宴会で泥酔状態のまま寒風が吹く夜空の下で、眠り込んでしまったのが原因だろうなと「」は思った。 「まぁ、症状の発熱だけのようだ。薬を飲んで横になっていれば、時期によくなるだろう」 「ありがとうございます」 「いやいや、礼には及ばないよ。それよりも問題は誰が君を看病するかだな」 「それはもちろん私ですわ!」 バンと勢いよくドアを開け、ジャニアリーを筆頭に姉妹達が「」へぞろぞろととやってきた。 手にはネギや怪しげな瓶、取扱い注意と書かれたタンク等といろいろと握っている。 ジャニアリーが「」の前に来ると、どうみてもただの何かの白い汁にしか見えない液体の入った器を突き出す。 「「」さん。私おかゆを作ってきまたしたの。たーんとお食べ」 「そんなものより、このエイプリル特製ホットレモンはいかがです?」 「「「モモ缶持ってきたよ~」」」 「酒は万病の薬と聞いたんだ。ということで酒飲もうぜ」 「液体窒素で体温を下げてみるのは面白そうね」 「ふふふ、このネギをお尻に突っ込めば一発で」 「「」さん、死んじゃ駄目だよ」 「……弱い奴ね」 「寒い? だったらこの手榴弾で」 「君達、「」君は病人だぞ。そんな大勢で賑やかにしたら治るものも治らなくなってしまうよ」 ずいずいと「」に詰め寄る姉妹達にニルソンが静める。そこでふと部屋の隅で静かに「」を見つめるジューンに気がついた。 人当たりもよく、第3世代の世話を甲斐甲斐しくする彼女なら、うまく看病できるかもしれない。 「ジューン、すまないが君が「」君の看病をしてくれないかね? 私は君が適任だと思うんだが」 「私が? ニルソン様がそう言うのなら別に構いませんが」 「ニルソン様、私では役不足ですの!?」 「ジャニアリー。ここはジューンに任せて、私達は「」君の回復を祈っていようじゃないか。ジューン、あとは任せたよ」 ニルソンは不満を口々にする姉妹達をなだめて、部屋から出て行った。 途端に部屋が静かになり、「」とジューンの二人だけになる。 「…………………」 「…………………」 「……………」 「…………「」、生きてる?」 「うん」 「それは残念」 「!?」 「冗談なのに」 「ナイフ持ちながら言う冗談じゃないよ!」 こうして、「」は一抹の不安を感じながらジューンの看病を受ける事となった。 「」の不安とは裏腹に、ジューンは慣れた手つきで看病をしていた。 こまめに汗を拭き、悪寒を感じているときには毛布を掛け、暑いと言った時には涼しくなるようにと動脈に近い部位を冷やした。 また、キッチンでは書斎にあったレシピ本を片手に玉子酒や蜂蜜大根をつくり「」に食べさせた。 そのかいあってか、一晩で「」の熱は37度4分にまで下がり、部屋の中を動き回れる度にまで回復したのだった。 「「」。熱が下がったのはいいけど横になってて、治り掛けたときが一番危ない」 「ごめん。つい調子に乗っちゃって」 「じっとしてて、下に行って何か食べ物持ってくる」 そう言ってジューンはしばらくしてから、適当に目に付いた果物を持ってきた。 その中から、リンゴを取り出しておもむろに剥き始める。 「食べて」 「すごいな、よくこんな綺麗に剥けるね」 「こんなのは朝飯前。目を瞑っても出来る。それにもっと凄いのもできるぞ。少し待て」 「」に渡したリンゴは、よくあるウサギの形に剥きれていた。 手先が器用なジューンらしく耳の部分はピンと立っており、写真で見るお手本そのものだった。 「」が感心する横で懐から何本も投げナイフを取り出し、黙々と他のリンゴを剥き出す。 リンゴを剥く目はもはや彫刻家のそれである。 せっせと角度を変え、ナイフを変え、力加減を変えて10分ほどたった頃にそれは完成した。 リンゴで出来た熊である。 クマのプ○さんやテディベアのようなディフォルメされた熊ではなく、巷でよく見る口に鮭を咥えた木彫りの熊である。 熊の毛並みから鮭の鱗まで精巧に彫られ、野生の荒々しさが伝わってくる力作だ。 しかも、よく見ると足の裏にはちゃっかり【作 ジューン】と彫られている。 「こ、これは一体……」 「まだまだあるぞ。この際、私のレパートリー全てを見せてあげよう」 「ジュ、ジューンさん?」 またしても懐から数本の投げナイフを取り出し、せっせと果物を剥き出した。否、彫りだした。 ガーゴイル像、仏像、キリスト像をはじめとした有名な像。建築物や車、さまざまな小動物。筋骨隆々の男性像からモデルのような 体型の女性像。そして、しまいにはミニチュアの12姉妹。 こうして、「」の目の前には様々な果物で作られたジューンコレクションが並べられた。 始めは数を数えていたが、30を越えたあたりで止めた。 ジューンは最初に作った熊を掴んで「」に差し出す。 「食べて」 「で、でもこんなに食べられないって」 「ビタミンCの摂取は必要だから」 「いや、だからね、さりげなくファイティングナイフを突きつけるのは勘弁してください」 「食べて」 「無理だってば」 「食べて」 翌日、リビングには起き出した姉妹達が続々と集まり、朝の一時を過ごしている。 そこにはジューンの姿もあり、今朝の朝刊を読んでいる。 「みんな、おはよ~」 「おはようございます、「」さん。体の調子はもうよろしくて?」 「うん、ジューンさんのおかげですっかり良くなったよ」 「それはよかったですわ。私からも礼を言っておかないと」 「」の回復をみてジャニアリーは安堵の胸をなでおろした。 そこへ寝巻き姿のオクト、ノヴェ、ディッセが姿を表す。 眠そうなに目を擦っていたが、元気そうに立っている「」を見て、一気に覚醒した。 「「「「」だぁ~~!」」」 全速力で駆け出し、数歩手前で「」の胸へと跳んだ。その顔には歓喜が満ち溢れている。 そして、それはミサイルのような速度と破壊力を伴って命中し、 「っアバァァァァアアアアア!!」 衝撃で「」はリビングの壁に叩きつけられ、そのままぐったりとなった。 「今、骨が砕けるような音がしましたのは気のせいじゃありませんわよね?」 もうもうと煙が立つ中、恐る恐る「」の下へと歩み寄る。 オクト、ノヴェ、ディッセは脇で痛そうに頭を抱えていた。 肝心の「」は――― 目は完全に白目をむいている。手足はビクビクと不気味に痙攣し、口から調子の悪い蛇口のように血が吹き出ていた。 「ギァアアアアアア!「」さん、しっかりしてくださいましぃぃぃぃ!」 「ジャニアリー、この音は何で…………………「」さん?」 「「」さんが死んでるぅぅぅぅ!」 「衛生兵! 衛生兵!」 「特殊メイク……じゃないのね」 「皆落ち着んだぁぁ! まずは大きく深呼吸しろぉぉぉ!」 「」。胸部に大きな衝撃が加わったことにより、肋骨6本粉砕骨折。内臓損傷。 その後、ニルソンの処置により一命を取り留めるも、マルチアーノ総合病院にて入院3ヶ月決定。
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彼女の休日 エイプリルの場合 「……ううん、………ん?」 エイプリルがこの日最初に目にしたのは、シートの上で分解された愛用のルガーP08だった。 どうやら椅子に座り、机に突っ伏した状態で寝ていたらしい。 眠気の残る目を擦りながら、彼女はあたりを見渡した。 調度類の少ない部屋の窓には朝日が差し込み、目覚まし代わりのステレオはラジオ放送の7時のニュースを流している。 机に目を見遣ると銃の整備の途中で眠ってしまったらしく、綺麗に磨かれた部品とそうでない部品が左右に分けて置かれ、 手元のライトは点灯したままだ。 鏡に映る寝巻き姿の自分を見て、我ながら珍しいなとエイプリルは思った。 就寝前に行う銃の整備など手短に済まして、暖かなベッドに潜り込むのがいつものことだが今日は違った。 寝る直前のことを思い出してみようとしたが、ぼんやりとしていて思い出せない。 知らず知らずのうちに寝てしまうとは自分らしくもない。最近は疲労がたまっているのだろうか。 12姉妹のリーダーとして個性的なメンバーをまとめることは、何かと気苦労は耐えないと自覚はしていたが、 ここまでたまっているとは思っても見なかった。 今日は特に予定も無いようだし、どこかで羽を伸ばしてみるのも悪くは無い。 机を片付け、着替えて部屋から出ると、なにやらリビングが騒がしい。朝から誰かが言い争っているようだ。 何だと思いリビングに行ってみると異様な光景がそこにあった。 「何度言ったら分かりますのセプ! 今日は私と「」さんでオペラ鑑賞に行くのですわぁぁ!」 「いいえ、「」さんは私と遊園地へ遊びに行くのよ! それならお母様と一緒に行きなさいよジャニアリー!」 「痛い! 痛い! 痛いってば二人とも! 腕がぁぁちぎれるぅぅああああ!」 何故かジャニアリーとセプが互いに「」の両腕を引っ張り合っている。 両者に退く全く意思は無く、力の限り引っ張っているので、「」が悲鳴を上げるのだが耳に入っていない様子だ。 「これは一体何なんですの!? とにかく二人ともお止めなさい」 エイプリルが制止して、二人はやっと「」の腕を放した。 今までありえない力で引っ張られていた「」は拷問のような苦痛から開放されると、その場にへたり込んだ。 「エイプリル、聞いてくださいまし、セプったら家に来た「」を独占して連れ回そうとするのですわ!」 「何よ、ジャニアリーだって同じようなものじゃない!」 「何ですってぇ!」 「何よ!」 ため息をつきながら、エイプリルはへたり込んだ「」の傍にしゃがんだ。 「まったく、二人とも朝から騒々しいったらありゃしませんわよ。それで「」さん、何か私たちに用がありまして?」 「今日はエイプリルさんと一緒にどっか行こうと思って、誘いに来たんだけど空いてる?」 「そ、それは俗に言うデ、デートのお誘いですの?」 「多分そうだと思う。いいかな」 「も、もちろんですわ。今すぐ準備いたしますから少々待っていて下さいまし!」 言うなりエイプリルは一目散に部屋へと駆け込んで言った。 ふと視線を感じた「」が振り向くとジャニアリーとセプがジト目で睨んでいた。 「「「」さん」」 「二人ともごめんね、こんど何かあったら誘うからさ」 「うう……」 「さぁ、準備できましたわ。行きますわよ「」さん!」 「「「早っ!」」」 行き先も決めないまま、家を出たので二人はとりあえず街の方へ来た。 しかし、ずっと知ったる街をブラブラとまわっているのは飽きるので、 エイプリルの提案で郊外に新しく出来たショッピングモールへ行くことにした。 今日は休日ということもあってか、大勢の客がショッピングモールに来ていた。 家族連れの者。友人同士で買い物に来た物。一人で暇つぶしに来た者。そしてカップルで来た者。 「やはり……に見える………のでしょうか」 「えっ? 何て言ったの?」 「だから、私たちもこうしていると、こ、恋人同士に見えるのかしら!?」 そう言うとエイプリルはボンッと音を出しそうな感じで顔を赤らめた。 そうして、しばらく歩くと突然足を止めて、おずおずと「」へ手を差し出した。 「エイプリルさん、手がどうかしたの?」 「こ、こ、恋人同士に見えるなら手くらい繋いでいても不思議ではありませんわ。というよりも繋ぎなさいな「」さん!」 照れながら繋いだエイプリルの手は、仄かに暖かくて柔らかい。 始めはお互いに照れのせいであまり会話を交わさなかったが、しだいに会話が弾むようになっていった。 ある洋服店の前を通りかかったとき、エイプリルがショーウィンドウをしげしげと覗き込んだ。 「あら、「」さん。このセーターはいかがですか?」 「エイプリルさん、2着も同じセーター買って何するの」 「一つは私。もう一つは貴方が着るのですわ。お揃いのセーターを着て、寒い冬を二人で暖かく過ごせるなんて素晴らしいですわよ」 「――分かったよ。ちょっと待ってて」 「え、「」さん?」 2着のセーターは少し値が張ったが、エイプリルに見せたときの驚いた顔とうれしそうな顔に比べれば安い物だ。 その後も、二人で雑貨品店や食品店を見て回った。 しかし、少しずつエイプリルとの距離が縮まってきたのは、何故だろうか。 ここに来た時は半歩ほど離れていたのに、今では肩が触れそうなくらいにまでに近づいている。 「あのさ、何かどんどん近くにきてない、エイプリルさん?」 「あら、貴方は私と腕を組みたくないとおっしゃるの? むしろ組まないとぶっ壊しますわよ。よろしくて?」 今回は、どうやら「」にはありがたいことに拒否権は無いらしい。 夕暮れ時、二人は家までの道を腕を組んだまま歩いていた。 夕焼けに照らされたエイプリルの横顔を見て、「」はなんともいえない気持ちになった。 可愛いとか綺麗だとかそういう言葉はこんな時に言うんだろう。 どんどん近づいてくる家が疎ましい。こんな時がずっと続けばいいのに。 しかし、楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、二人は家の前に着いた。 「今日は楽しかったですわ」 「ボクも楽しかったよ」 「そうですわ。「」さん、少しだけ目を閉じてくださいまし」 「う、うん」 次の瞬間、目を閉じた「」の頬に柔らかい感触のものが触れた。 驚いて目を開けると、視界にはドアの前に立ったエイプリルがいた。 「また明日会いましょうね「」さん」 「……うん、また明日」 帰っていった「」の背を見送りつつ、エイプリルは平静を保つのに必死だった。 こんな顔はお母様にも見せられないだろう。 何とか落ち着きを取り戻し、家のリビングに入るとその場にいた者たちがこちらを見た。 ニヤニヤしてたり、意味深な顔をしたり、憤怒していたりと多種多様だ。 「あれ、今日は早かったね。マーチの話だとてっきり朝帰りだと思ってたよ」 「これは予想外」 「うふふ……」 「エイプリルゥゥ! 「」さんとは何もやましい事はしていませんわよねぇぇぇ!?」 「まさか、もうCまでやってしまったの?」 「「「ねーねー、オーガスト。『朝帰り』って何?」」」 「分かんない、お母様に聞いてみよう」 「これは次の原稿に使えそうだわ」 「土産は無いのか?」 一同の反応を見ながら、エイプリルは本日2度目のため息をつきつつ、こんな休日もありですわねと思った。
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世の中にはやたら妙な言葉を思いつく人のあるもので、例えば、滅多に無いことを表す言葉の一つには、『盲亀浮木』というものがある。 これは百年に一度、海の底に住む盲目の亀が海面を目指した時、偶然にも浮木に出来ている穴に首を突っ込もうとする確率のことを示し、 前述の意味を成す。また、無上甚深微妙法、百千万劫難遭遇という言葉もある。この全文は喩えではないが、後の方の『劫』というのは、 一辺が約七キロの立方体の中に芥子粒を満たし、それを百年に一粒ずつ取り出してさえ、一劫にならぬほどの長い時間を表している。 因みに億劫という言葉があるが、これはこの『劫』から来ている。一劫でも気が遠くなるというのに、億では面倒どころの騒ぎではない。 さて、何故こんな前置きが必要だったかと言うと、今の自分の状況が状況であるからだとしか言いようがない。僕は説明が下手なのだ。 だからこんな面倒な言葉を使って説明するしかない。現況に陥る確率の話は盲亀浮木の一言で済むし、僕がここに来てからの時間経過、 勿論ながら体感時間の方だが、それは、百千万劫という説明が最もしっくり来るだろう。それでは現在状況を具体的に説明しようか。 ……僕はマダム・マルチアーノ邸にいた。のみならず、姉妹と共同作業に勤しんでいた。あまつさえ、それは僕らギルド兵の上官となる、 ある二人の姉妹との共同作業であった。搗てて加えて、任務中に接触する姉妹は彼女だけではなかった。尚且つ──これ以上は無いか。 とは言っても幸運なのは、彼女たちのどちらも、僕の直接の上官ではないということだった。僕の上官はセプ様だ。その二人ではなく。 この仕事の打診があったのは二日、いや、あれは三日前だったか。ちょっと不明瞭だ。今現在僕と働いているジューン様とジュライ様が、 僕を呼び出した。場所は第一演習場。別名、『何も無いところ』。それはどうでもいい。ジューン様はホットの缶コーヒーを僕にくれた。 それから、今日のことを伝えた。セプ様にあることを考えたという話をされてぴんと来た。そうか、勤労感謝の日だ。それで全部悟った。 セプ様ほど働いている姉妹は他にない。これだけは何をされようと変えない持論である。エイプリル様だろうがジュライ様だろうが、 その意見を変えることは出来ないだろう。僕は話を聞き、そうして受け入れた。正に勤労への感謝をされるべき人へ、僕たちがするのだ。 彼女たちが僕に話を持ちかけたことで、何をするかの大体の予想はついた。料理だ。僕は炊事兵だった。おっと、言っておくけれども、 この炊事兵という奴は、姉妹兵の中でもエリートに含まれる連中である。戦闘も出来るし料理も出来る男なんて、そう多くないんだから。 更に僕は自負があった。炊事兵たちにおいて、頂点に立っているという自負があった。これは秘密があって、以前セプ様にほんの少し、 手ほどきを受けたことに由来する。彼女が教えてくれたのであれば、僕はトップにいなければならなかった。姉妹の名誉の為にもである。 僕は年末三姉妹について質問した。彼女たちもまた、セプ様に感謝するべき存在であるだろう、普段あれだけ世話掛けてるんだから。 ジュライ様たちに手抜かりはなかった。第三世代の括りで、オーガスト様主導の形で、彼女たちは独自に行動を始めているらしかった。 そうか、ならば安心だ。オーガスト様の真面目さは隊の誰もが認めるところだ。流石はエイプリル様に憧れる者の一人であるという声も、 良く聞くことである。僕は二つ返事で請け負って、それから料理の話をした。和洋中どれにするか、ランチかディナーか、などの話だ。 僕としては一番盛り上がるディナーが良かった。料理は僕はどれでも良かったが、セプ様が作るのは洋食中心なので、それではと僕らも、 同じように洋食にした。決めた後から、いつもとは違う夕食を楽しんで貰うというのも悪くない案ではなかったかと思ったものだったが、 決まってしまったものは変えられなかったし、いつもの洋食でも、セプ様が楽しめるくらいの良い味にしてしまえば、万事問題なかった。 僕たちにはメニューを考える必要があった。その話があった次の日に、僕たちは多少邸宅から遠くにある商店街にて密会した。理由には、 触れる意味は無いだろう。セプ様にバレると全部水の泡だ。せめて当日まで隠し通しておきたかったのだ。僕らは道中にメニューを決め、 車を駆使して買い物をして回った。ゴールド免許持ちとして一つ言っておこう。ジューン様の運転は大変宜しい。実に教本通り過ぎて、 現実に即していないほどに宜しい。だけれども途中で交代したジュライ様の運転は、あれは……もう、酷いものだ。二度と乗らない。 『赤信号は渡れ、黄信号は渡れ、青信号は渡れ』を本当にやっちゃうんだから恐ろしい。人を撥ねてしまいそうになったのも、絶対に、 一度や二度ではない。しかも行きと帰りに同じ人を撥ね飛ばし掛けた。偶然というのは、心底恐るべきものであると、僕は確信した。 フルコースで行くらしかったので、買い物の量は必然的に増えた。それらが僕の両腕の中に収められたのは言うまでも無いことだろう。 アミューズも作ると聞いた時は少し眉を上げて驚きを示したが、荷物量とフルコースで、との言葉が先にあったので、それだけだった。 食前酒食後酒はジュライ様が用意するので、買わなかったけれど、彼女の飲むお酒というのが一体洋食フルコースに合うものなのかは、 心配事として残った。魚料理と肉料理の狭間での口直しには、僕とジューン様のブランデー入りシャーベット派と、ジュライ様の酒派の、 二つに割れたが、結局これはオーガストたち四人がシャーベット、後はお酒、ということで決着をつけた。チーズの用意も忘れていない。 僕と仲間の良く行くバーに行って、美味しいチーズを買った。値段も張ったが、そこはそれ、金に糸目などつけていられない事態なのだ。 それから僕は、十二姉妹それぞれの好みを尋ねた。つまりコーヒー、紅茶、食後酒の需要についてである。結果、最後の一種を除いて、 二つとも用意することになった。ジャニアリー様、エイプリル様、ジューン様、それにオーガスト様とセプ様は紅茶党だったし、 フェブラリー様とマーチ様、メイ様はコーヒー党だった。オクト様たち? 彼女たちも紅茶党と言えば紅茶党だが、彼女らのあれは、 紅茶なんかじゃないと言いたい。僕は三人が紅茶を飲むところを見たことがあった──角砂糖を使いすぎなんだ、あの甘党娘たちは! 僕らは材料を買って帰った。それが十一月二十二日のことだ。だが予定は覆った。二十三日に姉妹隊は仕事をこなさねばならなかった。 そうして今日だ。材料はちゃんと保存していたので、今日、二十四日、僕たちはすぐに始めた。セプ様は昨日の仕事で疲れたので、 ジャニアリー様が説得して、部屋で休ませていた。これは大変な好都合であった。ここで、僕らの考えたメニューを幾らか公開しよう。 まず食前酒。悪いがお酒には詳しくないのでこれは余り知らない。ジュライ様に任せているし、きっと場に合うお酒が出て来るだろう。 アミューズ。サーモンでクリームチーズを包んだ。考えてみたらチーズは後で出すんだから、別のものにすれば良かったかもしれない。 オードブル。マスカルポーネを添えたイチジクのプロシュート包み。何でこうチーズが被るのだろう。もう諦めた。開き直ってしまおう。 アントレ。これは僕の趣味を通させて貰った。コーンスープだ。僕はコーンスープが好きなのだ。姉妹たちは快く許可してくれた。 メインディッシュの魚料理。クーリビヤック。ウナギの案もあったが、無難に鮭を使った。実はこの料理、初めて知った。ジューン様作。 口直し二種類。シャーベットとお酒。今回もお酒は分からない。シャーベットは、ジューン様が掛かりっきりになって作っていた。 メインディッシュの肉料理。豚頬肉の煮込み。鴨胸肉のロースト。また口直し。その後、牛ステーキを赤ワインソースで。机上整理。 チーズ。白カビ、フレッシュ、山羊乳、セミハード、ウォッシュ、プロセス、ブルータイプだ。多すぎたかもしれないが、まあいいか。 デザート。ちっちゃなケーキの詰め合わせだ。いわゆるプチフールという奴である。それと同時に、コーヒー他の飲み物も出す。 完璧ではないが、心が篭もっているなら、それは料理が完璧であるだけのもの以上の料理になるだろう。僕たちは作りながら話し合った。 これらの料理をどのように運び、どのように並べるか。これを見た時のセプ様の反応はどんなものになるだろうか? 僕たちは笑った。 彼女の喜ぶ顔が目に見えた。僕らはますます腕によりを掛け、セプ様の為にと頑張った。料理が完成した時には、皆で抱き合ったものだ。 常に冷静であるように見える二人がそこまでの感情を露にするということが珍しくって気圧されたが、すぐにそれは気にならなくなった。 二人の意見で、眠り姫を起こしに行く役目は、僕が仰せつかった。ジャニアリー様は不服のようだったが、僕の頑張りは否定出来ない、 とか言って、仕方がないから我慢してやる、という態度を取った。僕はそれに甘えてセプ様の部屋まで行き、優しくノックした。しかし、 彼女は起きなかった。僕は何度かノックしてから、それでも返答が無かったのでドアを開けようとしたが、ノブに手を掛けた丁度その時、 セプ様が割とはっきりした声で、返事をした。そこからの一瞬が、僕にとってこの日における何番目かの、酷く緊張する瞬間だった。 「夕食の用意が整いました、セプ様。どうぞ、食卓までお越し下さい」 僕がここにいることを話してなかったので、彼女はこの声の持ち主が誰なのかに思い至るまで一秒くらい掛かった。それでも凄いと思う。 寝起きにそこに存在しない筈の人間の声を聞かされ、一秒で見抜いてみせたのだ。これを不十分と言うのなら、どんな記録を求めるのか。 「着替えてから行きますから、先に戻っていてもいいですよ」 「いえ、お待ちします、セプ様。これが自分の任務ですから」 彼女の着替えは早かったのだろう。服を着替える音はそう長い間していなかった。が、何かあると感づいてか彼女は薄化粧を施して来た。 美しかった。彼女の清楚な美しさを引き立たせる化粧だった。僕は迂闊にも見惚れてしまって、任務を忘れ去ってしまうところだった。 「では、行きましょうか」 これは彼女の言葉である。僕は短く、はい、と答えて歩く彼女の横に並んだが、声は呆っとしていたことだろう。顔も赤かったであろう。 食卓までセプ様と共に歩いた。綺麗に片付けられた卓上には、雰囲気作りの為の蝋燭が立てられており、火も既に灯された後であった。 ジャニアリー様の横の席が、セプ様の席だった。これは至極当然なことだろう。そしてセプ様の隣三席が、年末三姉妹の席であるのも、 同じように至極当然のことだろう。彼女たちは常通りに座ったんだと思う。ニルソン様も来ていた。僕は彼に会釈して、挨拶とした。 彼はにこやかに微笑んで返してくれた。セプ様の案内が済んだので、厨房のジューン様とジュライ様を呼び、姉妹たちの許へ行って貰う。 時間を確認。急いだ方が良いだろう。二人の姉妹はカートに食前酒とアミューズを先に並べておいてくれた。僕はそれを持って行って、 配膳した。ジューンとジュライ、それにジャニアリーとエイプリルによる今回の晩餐の意義説明が行われていた。セプ様は僕を見て、 ニルソン様とは違った種類のにこやかな微笑を浮かべた。僕はそれで赤くなってでくの坊になるほど、ルーキーという訳ではなかった。 僕も笑みを返して、厨房に引っ込む。様子を窺わずに容易に勤しんでいていいのは、ジュライ様の計らいだ。彼女が厨房の電話に、 通信して知らせてくれると言ってくれたのだ。ありがたいことだった。あれこれと要される作業をして時間を潰し、ジュライ様の連絡で、 カートに皿を並べて、持って行く。すると意外なことが起こった。僕は最初の話の時点で、共に食卓を囲むことを提案されていたけれど、 断っていたのだ。折角十二姉妹とマルチアーノ様、ニルソン様が和気藹々としているところに、僕が入って行っても良いとは思えない。 だから辞退した。失礼だったかもしれないが、固辞していた。しかし、十五脚目の椅子が、僕の出て行ったそこには用意されていた。 最初は気付かないふりをしてその場を辞してしまおうとしたが、セプ様が僕を見た。ジュライ様も見た。ジューン様も見た。というか、 その場にいる全員が僕を見ていた。焦った。十二姉妹たちに加えて、マダムにも、ニルソン様にも見られているのである。とても焦った。 エイプリル様が小さく咳払いして立ち上がろうとしたが、セプ様がそれより先に立ち上がろうとしたので、彼女は口の端を綻ばせて、 その動きを止めた。セプ様は僕を呼んだ。席はセプ様と対面する位置にあり、右にメイ様、エイプリル様、ニルソン様が座っており、 左にはジュライ様、ジューン様、オーガスト様が座っていた。料理は誰が運ぶか、そして僕が食べるならその分はどうするか心配したが、 これは僕が騙されていたことがはっきりしただけで終わった。ああ、前者については、騙す騙さないは関係ないが。ジュライ様がやった。 僕の分は隠されていただけで、ちゃんと作られていた。アントレは大体鍋で作ったものなんだから一人分くらいの余りはあったし、 メインディッシュは僕の手が及んでいないので、僕の分が作られていたことを知らなかったのも無理の無いことであった。つまりは、 僕の拒否は最初っから無視されていたのである。残念だがアミューズとオードブルは味わえなかったな、と思っていると、ジュライ様が、 彼女の分のを僕に分けてくれた。絶品だった。美味しかった。これ以上に美味しいものがあるだろうかと感じられるくらいの味だった。 続いて魚料理を食べ、口直しにシャーベットを食べ、肉料理二種類を食べ、口直しを食べ、更に肉料理をもう一品食べた。味は良かった。 が、僕にはセプ様の嬉ぶ顔の方が重要だった。因みに、ジャニアリー様がお酒に弱いことが明らかになった。彼女は口直しのお酒で酔い、 ほんのり赤らんだ顔で、彼女の親友にべたべたし始めた。大抵毅然とした態度で、誰かに甘えるようなことが無いので、その珍しい姿は、 セプ様を逆に喜ばせた。セプ様が甘やかすので、酔った彼女は調子に乗って悪ふざけを始めたが、これは即座に手厳しく戒められた。 三つ子たちはお酒を欲しがり、メイ様が勝手に飲ませようとするのを止めるのが、エイプリル様の専らの仕事だったと言っていいだろう。 ジューン様は、ジュライ様がいてもいなくても、頻りに話し掛けて来た。彼女もジャニアリー様でないにしろ、お酒には強くないようだ。 朱が差している、というのはこういう表情のことを言うのだと、僕は知った。チーズがやって来て、僕たちは喜んでそれに取り掛かった。 これらを選んだのは僕なのだとジューン様が皆に言うと、賛辞の声が次々と上がって、僕はくすぐったい気持ちになった。嬉しかった。 沢山用意した筈のチーズがあっという間に無くなったと思っていたが、時間はそれ相応に経過していたようだ。時計を見てそれと知った。 デザートだ。飲み物も出る。僕はコーヒーを飲んだ。数少ない同士として、メイ様が僕の首に腕を回して引き寄せ、親しげに喋りかけた。 この人は素面でこれだから困る。ここまで体が密着するようなコミュニケーションを取ることは、僕の得意とすることではないのである。 完全に酔っ払ったジャニアリー様が、無断でお酒を厨房から取って来て、ちょっぴりずつ飲み始めた。メイ様もそれに引っ張られて、 僕に腕を回したまま、飲み始めた。新しいグラスに酒を注ぎ、僕にも飲ませようとする。あれ、この人ももしかして酔ってるのだろうか? しかしながら最終的には、見かねたセプ様とエイプリル様がジャニアリー様に飲酒の停止を命じ、節度ある晩餐会が続けられ、終わった。 僕は後片付けをしないでもいい特権を与えられたが、今度こそそれを辞退した。どうせやるなら最後までやりたかったし、後片付けには、 セプ様も参加するのである。どうしてこれを参加せずに終わらせられるだろうか。いや、参加する他に手はない。年末三姉妹を寝かせ、 オーガスト様にも眠るように勧めた後で、彼女は厨房へやって来た。ジャニアリー様は三姉妹よりも先に眠った。メイ様もだ。やっぱり、 彼女も酔っていたのだろう。エイプリル様は手伝おうとしたが、セプ様は彼女がゆっくりしていることを望んだので、手伝いを諦めた。 ジューン様とジュライ様? 彼女たちも同じようにセプ様が休むことを求めた結果、居間でテレビを見たりしている。残り二名はだって? フェブラリー様にしろマーチ様にしろ、後片付けをする気は無いようだった。作るのはあなた、食べるのは私、片付けるのもあなた、か。 しかしながらその辺の態度も魅力の一つだと、以前マーチ隊の兵士に長い説明を受けたので、僕はそう大して何も感じることはなかった。 それよりもだ、僕がセプ様と二人っきりで後片付けをするということの方が、余程気に掛かることであったのだ。僕は話しかけなかった。 彼女が話しかけた時にだけ、言葉を返した。若さに任せて突っ走ってしまいたかったが、僕は臆病だったのだろう。但し仕事の終わり頃、 セプ様に、体を大事にして下さいね、ということだけは忘れなかった。それは、セプ隊に所属する兵士全員の共通の願いであったからだ。 その後、僕はジューン様とジュライ様、セプ様に挨拶し、他の顔を合わせた姉妹にも挨拶して邸宅を出ることにした。だけれども最後に、 予想外の人と話すことになった。マルチアーノ十二姉妹の偉大有徳なる母、マダム・マルチアーノ。我らがマルチアーノ様と呼ぶ女性だ。 彼女は、彼女の娘の為に僕がここまで献身してくれたことを感謝し、誇りに思い、また、嬉しく思うと告げた。彼女は丁寧に礼を言った。 僕が仰天し恐縮したことは言を俟たないことだ。マダムは何か僕にお返しをしようとした。僕はそれを、ここ数日で三度目だが固辞した。 マダムはそれ以上何も言おうとしなかった。僕は夜の挨拶を述べ、お休みなさい、と返された後に名前も呼ばれて、再度恐縮しながら、 自分の寝床へと戻った。幸せな気分で、心まで暖かに、眠ることが出来た。その日僕は、生まれてから見た中で一番いい夢を見た。 ──それで、翌日、朝。僕は僕に届けられた命令書を読んで、やれやれ、と思った。命令書を届けた兵士は、僕を罵って羨ましがったが、 それは互いに信頼し親愛の情を抱いているからこそ出る言葉で、彼は僕をぐっと抱き締め、頑張れよ、と言ってくれた。命令書には、 マルチアーノ十二姉妹隊セプ隊所属兵である僕宛に、新設されたマルチアーノ邸内部警備巡回兵への異動命令が記されていた。 いやはや、マダムもその娘たちも見栄の後ろに隠された本心を暴くのが本当にお好きらしい。僕は命令書をぐっと握り、邸宅へ向かった。
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騎士とかアサシンとか、ああいう時代よりもっと前、王に悪い知らせを持ち込んで来た使者は首を切られることもあったという。 今の価値観からすれば馬鹿げていて、頷けないような理由から行われる慣習の一つであったが、私は、今の状況を丸く収められるなら、 首を切られたって構わないと思った。私フェブも十二姉妹であるからには、どうせそんなことでは死なないのだし……首の一つや二つ。 ジューンの言葉を聞いて私は真っ先に、エイプリルに連絡した。ジュライの行動と、ジューンの行動と、両方をだ。エイプリルは黙した。 その沈黙の意味は私には分からなかったが、推測することは誰にでも出来る。きっとジュライをどう処理するかを考えているのだろう。 処理と言っても、命を絶つとかそういう意味じゃない。もしかしたら彼女はその決定を下すことも視野に入れているかもしれないけれど、 彼女はその選択を好まないだろう。これは今までの長い付き合いから勝手に予想するものだが、エイプリルは彼女を許さないにしても、 殺すことはまず無い。そんなことをやってしまえば内部に敵を複数作ることになる。我々は姉妹だが、誰もが己の考えを持っている。 長姉だから、リーダーだからと言って遠慮することは殆ど無い。ジュライを殺せば最初にジューン、次にジュライ隊の隊員が敵になる。 よってエイプリルはジュライが二度とあんな行いを為すことが無いように、しかしやり過ぎないように、罰を考えねばいけないのだ。 メイの率いたマーチ救助隊の時のような、寛大過ぎるのではとさえ思える罰は不適当である。離反と兵器強奪では罪の重さからして違う。 リーダーというのはかくも辛いものなのだと思って、エイプリルが少し可哀想に思えた。そんな座を狙うジャニアリーは何なんだろう。 エイプリルへのライバル意識だけではないというのなら、いつか聞いてみたいことだ。私は地図を呼び出し、敵の反応のあった区域に、 幾つかチェックを入れた。一つはジューンが最初に向かった地点、二つ目は新型と年末型の二人組が行った場所、三つ目は車での移動中、 ジューンたちが遭遇して、殲滅した残党部隊、四つ目はこの前、我々の兵が辿り着いていた敵の救護所だ。それらには警戒は必要ない。 首を振ってこきこきと音を鳴らし、辺りを眺める。死体を集めて部屋や廊下に積み上げる仕事をしている部下たちの姿ばかりが映る。 それが終われば、私はその死体の数を数え、実現し得る限りの正確性を持って、報告をしなければならない。友軍被害と敵の被害数をだ。 ざっと調べて見たところ、二個半中隊分あった。更に艦外にも死体がごろごろ転がっているのだから、一個大隊は超えるだろう。 我々は我々の数を遥かに超える、とまでは言わないにしろ、戦力で我々に勝る敵を打破したのだ。途中アンドロイド隊の裏切りとか、 コヨーテ参戦とかそういったこちらを有利にする出来事があったとはいえ、撃破したのだ。今頃になって、終わったのだと私は理解する。 正しくは、まだ終わってはいないか──少なくとも姉妹にとっては、新型という度し難い脅威が、手付かずのままで残されているのだ。 でも兵士たち、私の部下たち、コヨーテたちにとってのこの戦闘は終わった。我々は独立を高らかに叫び、我々は進み、我々は勝利した。 後は最後の決着をつければ、私たち十二姉妹のクーロン攻防戦は完璧に終わりとなる。黒い妹を永遠に眠らせることに成功すれば。 ああ、そうだ。我々はあの強靭な狂人を跪かせ、打ち倒し、その首を刈り取り、両目に彼女の敗北を告げる刃を突き立てねばならない。 そして、その行為の成否は私の力が握っているのだ。敵の人工脳に侵入し、侵食し、動かなくなるまでに破壊する。簡単ではない。 生易しいこととは、私には例え口が裂けたって言えない。難しいどころか八割、ひょっとすると九割方は無理な話だ。それというのも、 オリジナルである十二姉妹と新型では、人工脳の構造が異なるからだった。新型には一度試したのだ。彼女に知られるところだった。 私はギルドが思ったより馬鹿の集まりではないということを思わざるを得なかった。基本の構造はニルソン様のものをある程度模倣し、 けれど細部は全くの別物になっているところもある。私の介入が効くのは何処までか、見定めるのにも時間が掛かりそうだ。 彼女が我々の技術を流用して生み出された以上、抗ウィルス機能もあるだろうし、ハッキング防壁もしっかり張り巡らしてあるだろう。 攻性防壁か防性防壁かが重要だ。攻性防壁には気をつけないと、下手をすると私の方が破壊されてしまう。逆なら時間が掛かるだけだ。 面倒なのは組み合わせられた場合で、防性防壁に意図的に仕込まれた突破口に罠を仕込むことが多い。私には細心の注意を払うしかない。 それが、私の細心の注意が、彼女と彼女の開発スタッフを上回れば、私は生きて任務を果たし、戻って来ることが出来るだろう。 だけれども、もし私が迂闊な真似をしたりしたら、十二姉妹の死者に一人分、また新たな名前が記されることになる。それは嫌だ。 最初のハッキングの時の記憶から多少の侵入経路は頭に作られていたが、防壁に辿り着く前に離脱したので、ぶっつけ本番になりそうだ。 いいだろう、やってやろうじゃあないか。私はここまで生き抜いて来た。ヘリが墜落し、撃たれ、殴られても生き残って来たのである。 ならばこの戦闘が終わるまで、良ければこの戦争が終わるまで、死ぬことは無いと思いたい。というかたった今そう決めた。私は生きる。 死なないで生き残るのだ。だから、今回の任務は必ずや果たされるのだ。でなければ私は死ぬのだから、果たされない訳が無いのだ。 ……どうやら私は励ますという行為に関して才能を微細なものさえも持ち得ないらしい。恐怖は拭えなかった。が、やる他に手段はない。 プロフェッショナルとしての仕事を求められている時、私は自分の心や感情を殺す術を知っていた。無表情な機械に成り下がる術を。 別にそれを卑下する気は無いし、重要な仕事をする以上は、一切の余計なものは削ぎ落とすべきだ。私はスリムにならなければならない。 スリムだからこそ、細く小さい抜け道を通って行けるのだ。ましてや、今度の相手は新型である。恐ろしい敵だ。逃げたい類の敵だ。 それでもやらなくてはならない時、私は完全に冷酷冷徹無情な機械になれる。黙々と任務遂行する機械人形になれる。悪いことではない。 寧ろ、こういった技能を得ていたことには幸運を感謝する以外の選択肢を持たない。それが無ければ新型へのハッキングは怖くて無理だ。 死体袋が並ぶ現実を見ながらも、私の思考は非現実と現実の接点となる場所に浸透していった。私が最大の力を振るえる場所。私の領域。 そこでこそ私は戦うことが出来て、そこでこそ私は生きて、死ぬのである。私の最初の領地であり、私の最後の領域になるだろう場所だ。 己の領域で負けたことは無い。勝ってやる。いつも通りやるだけだ。仕事をこなし、巻き込まれたり見つかって処理される前に逃げる。 簡単だ。私は首を縦に一度振った。簡単だ。何と言うことはない仕事だ。ただちょっぴり、事前の作業が面倒なだけで、それだけなのだ。 * * * コヨーテの誰かが持って来たラジオを弄ると、陽気な曲が流れ出した。『上品』とコヨーテが形容する、ポップス中心の番組だったが、 戦闘の後の荒んだ心には正しく清涼剤の役割を果たした。少しすると、重傷者のいない、軽傷者だけを集めた部屋に少なくとも一つずつ、 ラジオが持ち込まれた。ポケットに入る物から置き場を探す必要あがる大きさの物まで様々だったし、新しいのも古いのもあったが、 どれも使えたし、壊れ掛けのラジオにつきものの雑音に悩まされることなども、特に無かった。彼らは思い思いのチャンネルに合わせ、 ニュースを聞いて、相変わらずなギルドの力に感心したり、音楽番組で騒々しい曲を流して騒いだり、トーク番組に文句を言ったりした。 選局には、そこにいる人間たちの趣味や所属する部隊、陣営が大きく関わっていた。コヨーテはスーパーソウルの流すような、 ロックに分類される音楽を流していた番組を好み、十二姉妹隊はニュースを始めとする情報系の番組を好んだ。彼らは互いに尊重しあい、 時間制で番組を切り替えた。姉妹兵たちがニュースを聞いている間はコヨーテは好き勝手に時間を潰し、彼らの時間が来ると、 今度は両者共に音楽に耳を傾け始めるのである。一週間前ならば考えられなかったことだと、誰しもが思わずにはいられなかった。 ミスターと並んで彼らのカリスマ的存在だったブルース・ドックリーを殺した者の率いていた部隊が、ここまで打ち解けてしまうとは。 かつての敵対関係も何処へやら、姉妹兵はコヨーテを信頼し、コヨーテは姉妹兵に背中を任せられると公言するまでになっているのだ。 最強の兵士だった男たちと、その強力な敵対者だった男たち。彼らの本質に同じものが確固として存在したのが、その理由だろう。 誇りである。それこそ、彼らと彼らを結ぶ唯一無二の何よりも強固な精神であり、誇りの形さえ似ていたのも、邂逅に手を貸した。 一つ思うのは、とハンスは、質問の拒絶以来続く陰鬱な気分のまま考えた。彼はラジオを囲む輪の中には加わらず、病室のベッドにいた。 彼ら──共に汗と血を流して、互いを助け合い、生き抜いた戦友──はいいとしても、クーロン攻防戦に参加しなかったコヨーテ、 例えばその中で最たるものといえばミスター、それにその他の星々にいる大量の、我々と手を結んではいないコヨーテたちが、 どういう風に我々を考えるかということだ。幸いミスターに関しては悩む必要は無かった。彼は今でも、隊長の親友を奪った彼らを、 表向きにも内面でも許していないのだ。セプ隊の人間がそうせず、その機会に自分が恵まれたのなら、ハンスは迷わず彼らを撃つだろう。 もし、十二姉妹の意思がそれを許可しないとしても、彼は自分自身の怒りで彼らを殺すだろう。その点には、彼自身も確信を抱いていた。 とするならば彼は十二姉妹隊の人間の中では唯一、救いようの無い、愚かで粗野な男に成り下がるのだった。姉妹兵は服従と栄光を誓う。 服従は十二姉妹に、栄光は彼女たちとその隊に。彼らは彼女らの意思で動き、数少ない例外を除いて、彼女たち以外の意思には従わない。 そう、姉妹兵ならば、自分の抑え難い意思にさえも彼らは反逆し、理性と忠誠の力で殺意など存在しないかのように振舞わねばならない。 不名誉だろうが不満だろうが、姉妹が求めないことは行わないのが彼ら十二姉妹隊兵なのだ。ハンスだって、以前は模範的な兵士だった。 あの一週間に満たない短く僅かな悪夢の間に、何もかもが変わった。兵たちのプライド、姉妹の数、交わされる言葉の数、それ以外にも。 変わらなかったことなど一つも無かった。十二姉妹隊はあの数日間の間に、戦闘日数や敵の規模からすると信じられない大損失を被った。 ハンスも親しい友人を何人も亡くしたし、他隊には兄弟を亡くした男もいた。死体が見つからず、必死で探し、やっと見つかったそうだ。 意識を元の思考ラインに戻す。ハンスはただの兵で、こういった込み入った細かな考えが必要になる類の事態への対処は専門外だったが、 考えることといえばそれくらいしかなかったし、考えていなければ自分の隊長のことばかり思いが至り、冷たい予感が身を傷つけるのだ。 だから彼は自分の考えを誤魔化し、身を守る為に己の思考を逸らし続けている。大筋の予想がその抵抗にも関わらず為されていたけれど、 ハンスはきっと彼の隊長ジャニアリーは無事なのだと考えたかったので、直視して向かい合うことなど出来なかった。悲しいのは彼が、 何とかして無線機で艦や別の姉妹に連絡をつけて、片っ端から聞いていこうと思わなかったことである。それさえ彼は恐ろしかったのだ。 仮にジャニアリーが死んでいたら? 実際には勿論、彼女は上空をはっきりしない意識下で飛んでいたけれど、ハンスは知らなかった。 彼女が死んでいたら。聞きたくない答えを聞かされるとしたら。それならば聞かない方がいい。悪い知らせは聞きたくないのだ。 思った自身も、己の馬鹿げた考え方には閉口した。いずれ聞かされることになるのなら、いっそ今すぐ知らせてくれたらいいではないか。 でも、やはり彼は臆病風に吹かれて、そうすることは出来なかった。現在の自分を形成する大きな柱を失うことが本当に恐ろしかった。 ラジオからは激しいロックが流れている。曲を知っているコヨーテや姉妹兵が下手な癖に大声で歌うので、周りは聞き取るのが難しい。 虚ろな瞳を彼らに向けて、ハンスは眺めていた。戦闘は終わって、自分は生き残った。ヴィクトールのような戦友を何人か亡くしながら、 自分は生きている。その上姉妹すら失う? それも、自分が直接に仕える一人を? 彼は眠ることにした。優しい覆いが、彼を包み込む。 * * * 私は手を高く上に差し伸ばして、背伸びをした。欠伸が出てしまった為にみっともなく開かれた口を、さっと隣のメイが手で覆い隠す。 単に私の滑稽な身振りを面白がっているだけなのだろうが、兵に見せるには余りにも品の無い一瞬を隠してくれた事実に対しては、 素直な感謝を見せる他に取るべき反応は無いだろう。お陰で恥ずかしい思いをせずに済んだのだ。私がそのような思考の下に礼を言うと、 メイは表現するのが難しい、微妙な表情になった。笑うところなのか迷っている顔、判断しかねている顔だ。失礼な友人だった。 でも私は慈悲深いので彼女を許すことにして、最後の作戦確認の為に私の部屋まで移動することにした。作戦室は生憎と使えなかった。 そこは戦闘が一段落した頃からずっと、救護所の一つになっているのだった。今のこの艦内には、そうなっていない場所は少ない。 食堂でさえ、救護所になっているのだ。負傷者の隣で食事をする無傷の兵士たちは嫌な思いをするだろうが、我慢して貰うしかない。 これら急ごしらえの救護所の中では、食堂は最も早くそう変わった場所である。理由は単純なことで、テーブルはそのまま手術台になり、 椅子は軽傷者の為に使えたからだった。それでも数が足りず、野菜を主とする食材を入れていたダンボール箱が急遽代用されたけれど、 これは血を吸うと何とも言い難い、名状し難い、それでも例えるとするならば墓を掘り返したような酷い悪臭を放つようになるので、 使い始めて一時間と経たない内に使用は取り止められ、代わりにプラスチックの籠をひっくり返したものを椅子の代用品に使い出した。 そちらは紙と違い血を吸わないので、滑ることはあったが臭いに悩まされることは無かった。青い籠は赤く染まっても、使われ続けた。 通路を歩いて、私室のドアを開く。私が先に入り、メイは後から入って来る。まず目に入る普段と違って乱雑に物が配置された机上には、 対新型計画の要点を纏めた/る紙が広げられていて、私たちの最終調整に使われるべくこの場所に置かれたそれには様々な書き込みと、 書き込みの数とほぼ等しいだけの数の、否定や却下を示す二重線が書かれ、描かれていた。私たちに打てる手は少なく、そんな我々には、 勝機を見出すことなど到底出来なかった。私たち十二姉妹隊が持つ最大火力の小火器は五十口径ライフルだ。それを弾く相手にどう勝つ? 後は艦砲射撃や対空機銃による地上への射撃、それにギルドスカイでの爆撃航程をありったけ行うくらいしか打倒の手段はあるまい。 しかしそれも難しそうだった。何故なら、彼女は、以上の数手段を許さないだろうからだ。彼女の望みは私たちと戦うことなのであって、 私たちの部隊や兵器と戦いたいとは思っていない筈だ。なのに艦砲射撃や爆撃航程を行えば、彼女は彼女の部隊、兵器を使うだろう。 年末型アンドロイド部隊が今この瞬間我々に攻撃を開始したらどうなるか。考えるまでも無く、我々は驚いている内に一掃されてしまう。 どんなにこちらに都合良く敵の攻撃が進行したとしても、一兵一人の例外無しに、殺し殺され斃れて行くだろう。そうして我々は全滅だ。 私は彼女の思考をメイと一緒に、出来る限りトレースしなければならなかった。何が彼女を私たちにとって不利益な行動に駆り立てるか、 または何が彼女をこちらに有利な行動を取るようにするか、知らずには戦えなかったからである。びくびくしながらの戦闘はお断りだ。 彼女自身に聞いて、それ以外に禁止条項は無いと確約させてしまうのが一番楽だが、まさか聞くなど、一考を待たず論外の方法であった。 我々が一体どんな状況にあるのか、ちょっとした雰囲気さえ読み取らせてはならないのだ。彼女は鋭い。悔しいが、私以上かもしれない。 それを倒さなくてはならない時、どうして一片たりとも情報を漏洩させない覚悟で戦いに臨むことが出来るだろうか、出来る筈も無い。 第一、今の私たちの状況を知れば、彼女は失望する。あの過剰な期待を抱き過ぎるきらいのある新型には、こちらを警戒していて欲しい。 でないと、時間稼ぎも出来ない。そして、その時間稼ぎこそ、彼女を打倒する上で最上の重要性を誇る消極的戦闘行動なのである。 新型であるというアドバンテージを無効化し破壊する、何らかの秘策でも隠しているのだと思わせられれば、彼女は様子見に時間を使う。 私の動向を確かめ、メイの動向を確かめ、時間を掛けて見破り、攻撃を仕掛け、私たちを撃破しようとするだろう。しかしそれでは遅い。 彼女が私たちを殺害する前に、フェブが彼女を破壊する。フェブのハッキングで、彼女の能力を奪い、力を奪い、無力な単なる女にする。 強力も失い、自分の力だけで立って歩くことも出来ない、糸の切れた操り人形にするのだ。その後、彼女を連れて艦に帰って、 ニルソン様の許可が下り、彼自身が手を貸してくれるならば、彼女をこちら側に加えることも不可能ではないだろう。研究の時間もある。 失敗したり彼女が自殺すれば、ボディや骨格だけを入手することになるだろうが、それでも大きなプラスになる。あのボディは魅力的だ。 バストにはジャニアリーが狂喜するだろう。が、私としてはあの耐弾性と頑丈さを評価したい。但し褐色の肌になるのは好まないけれど。 一つだけ問題があるとすれば、互換性があるかどうかだろう。私と彼女には互換性があるかどうか。恐らくはあるだろうと思う。 彼女が私たちの打倒の為だけに作られたとは、信じ難いことだ。凡そ常識的ではない。軍用兵器として売りつけるのが大方の目的だろう。 あの十二姉妹を撃破と言えばかなりの箔がつく。大量生産用に改良された新型は小隊単位で投入されるようになり、さして時間を隔てず、 中隊、大隊と大きくなっていく。いつか人間の数を上回るようになるだろう。死ぬことは少なく、裏切ることも無い。オリジナルは別だ。 けれどもそうすると、何と言うか、情報が無かったことが信じられない。ギルドと言っても情報漏洩は日常茶飯事だ。なのに今回は無い。 これは、もしかすると、ギルドは知らない、知らなかったのではないだろうか、粛清部隊長がこんなものを有しているということを。 だとすれば、新型を開発し、百体もの年末型を揃え、訓練し、その指揮として私の妹をおぞましくも模した形にして指揮官型を生み出し、 整備し、装備を整えた時に使われた金は、個人で賄えるものではないのだから、考えられることはたった二つまでに絞られる。 一つは部隊長がギルドの金を着服していたのではないかということだ。だがこれは考え難い。ギルドは金の亡者であることに疑いは無い。 彼らはもし、当然入って来るべき金がほんの少し足りなければ、徹底的に調査するだろう。そういう豚共ばかりの組織なのだ、あそこは。 もう一つ、前者は消え掛けているのでこれが有力候補なのだけれども、別の組織からの資金的な援助を得ていることも考えられる。 反ギルドを標榜する国家は幾つあっただろう? その内、実際には癒着している国家は、幾つあっただろう? それらからの援助だろう。 地下組織は金を持てない。あれば地上に出て来る。部隊長の部屋などを捜索し、細かな資料や情報まで、我々には全てを得る必要がある。 背後から刺されるのは困るし、知らなくて良いことなど私には無い。末端の兵士には知らなくてもいいことが時にあることは確かだが、 私は現在、最高指揮官としてこの部隊に君臨している。それを驕り高ぶる理由にはしないが、判断材料の多さに困ることもあるまい。 視線と意識を机上の作戦概要に戻す。時間稼ぎに使う手段を何個も書き連ねては消した、一枚の薄っぺらな紙だ。何の変哲もない紙だ。 されども十二姉妹隊の命運は、その一枚の薄っぺらな紙に書かれた下らない案に懸かっているのだ。こんな策に。馬鹿馬鹿しい話だった。 今のところ、最も汎用性が高く、用意が簡単で、扱いにも危険が少ない案としては、オーガストの力を借りるものが大半だった。 力を借りると言っても、借りるのは爆薬だけだ。指向性を持たせた爆弾で、新型を足止めすることが目的だった。吹き飛びはせずとも、 爆風や破片を防ぐ為に止まらなければいけない時間を稼げるし、蚊に刺された程度でもダメージが与えられれば良かった。 ありがたいことに、C4を始めとする可塑性のある爆薬は、オーガストの為に大量に艦の弾薬庫に仕舞い込んであった上に、 それらの爆薬よりもオーガストは手榴弾などの爆発物を好んだが故に、彼女は、仕舞い込まれた爆薬にはほぼ手をつけていなかった。 後は容器が必要になるだろう。バケツのような形状の容器がいいが、なければある物を使うしかない。ゴミ箱でもいいのだから。 手榴弾も言うに及ばないことだが、持って行かなくてはならないだろう。信管を差し換えてワイヤーと併用してブービートラップに転用、 新型が引っ掛かってくれるのを願い設置することも出来るし、普通にピンを抜いて投げつけてもいい。爆弾だから無視も出来ないだろう。 弾丸は直線に──正確には放物線を描いて──進むが、爆弾はそう行かない。爆風は回避不可能だし、地面の石ころだって破片になり、 当たり所が悪ければ姉妹も兵士も新型さえも殺す危険になりうるのだ。彼女がそれを知らない訳がないし、知っていれば留意するだろう。 メイと私は四五の改善点と、二つの新しい案を出した。が、だからと言って勝利を予感させる光明は見えて来ない。私は苦い思いだった。 勝てるだろうか? * * * 結構なことを口にしたけれど、私は未だにトラックの助手席に移動しただけで、艦に戻るまでには到っていなかった。任務だ、仕方ない。 ジューンは私のお陰で運転に専念出来ると言ったが、実際は同時に敵の捜索に気を割いていることを私が気付かないと思ったのだろうか。 彼女は目だけを動かして、私が監視出来ない範囲を調べていた。私は彼女を信頼し、彼女の領域を侵そうとはせず、刀に手を置いて、 いつ何時襲撃を受けても即座に反応が可能であるようにしていた。左手も遊ばせてはいない。敵の死体から奪った拳銃を掴んでいる。 私の親友も私も、近づかない限り相手を殺せないという欠点を持つ。ジューンはナイフを投擲すればいいが、無論刀は投げられない。 こういう時ばかりは、自分の戦闘スタイルに不満を感じる。技量では私は、姉妹の誰にも劣らない自信がある。強いかどうかは別として。 だけれども、刀は銃ほど遠くの敵を殺せないし、銃ほど頑丈でもない。上手く使わなければ折れる上、上手く使っても折れることがある。 刀が銃に勝てるのは、相手の顔をじっくり観察出来る距離まで近寄った場合のみだ。姉妹だから銃弾は跳ね返せる。避けることも出来る。 人間ならとっくに死んでいることだろう。……まあ、だからこそ私は、訓練するのだが。それは刀の領域に相手を引きずり込む訓練だ。 それは銃という、扱い易く強力な武器に刀で対抗する為の、唯一の訓練だ。刀の扱いなど、二の次でも良い。三の次でも一向に構わない。 刀で戦うには、相手に近づかねばならないのだから。戦わなくては、どんな名刀も桧の棒と変わらない。人を斬り、敵を斬って初めて、 それは刀と言うに値する存在になるのだ。拳銃と私の刀に手を触れたまま、空を見る。あの驚くべき艦長とその副官を追った時は、 晴れていた。今は──どっちつかずだ。私は天気予報士ではなかったし、予報士でもデータ不足でこの後の移り変わりを予測することは、 出来なかったか難しかっただろう。実に優柔不断な空だった。ジューンが声を上げた。私は接敵したのだと思って顔を前に向けて、 銃を構えようとした。衝撃が私の体を襲い、面食らう。何だと驚くと、彼女は人を轢いたと言った。装甲服をつけていたそうで、 今は車輪の下らしい。装甲服をつけていた上、この近辺に味方の兵はいない(これもジューンの言)となれば、我々は残党の一人を、 偶然にも轢き殺したか轢き殺しかけてしまったことになる。生きていたり、周りに仲間がいると危険なので、確認の為に降車した。 車輪が胸にめり込んでいるというか、見て気持ちのいいものではないことは確実だったが、彼はそんな状況だった。だが、生きていた。 彼のヘルメットは外れてしまい、歪んで近くに転がっていた。辺りには血が飛散していたが、量は少なかった。彼はこちらを見た。 口から胃の内容物が出ている。タイヤに圧迫されて、喉を迫り上がって来たに違いない。だから声は出なかった。代わりに口を動かした。 白髪の混じり始めた、五十代も近いか、既に達しているだろうという老兵は、自分の状態を良く良く了承しているらしい。彼は言った。 助けてくれ、と。私は首を縦に振って拳銃を向けた。彼は安心したように頷いて、眉を苦しそうに寄せながら目を閉じる。撃った。 弾丸は彼の右の眼孔から侵入し、後頭部を突き破って地面に突き刺さったようだった。私は彼が、私の持っているものと同じ拳銃を、 腰に吊るしているのを見つけた。吐瀉物や血液にも汚れていないが、スライドがタイヤに轢かれて割れている。弾倉は無事だった。 マガジンキャッチを押して弾倉を外し、予備弾薬として貰うことにする。ジューンは私の人道的な処置以降を見ていて、運転席に戻った。 数秒遅れて、私は助手席に座った。ぐしゃりと音を立てて、弾薬の持ち主だった老兵の頭を潰しながら、トラックは前進を再開する。 もう空を眺める気にはならなかった。敵がいるのが前の襲撃で明らかになったことを忘れていなかったのなら、私は前を見るべきだった。 あの兵士が轢かれなければ、彼が我々に狙いをつけてその突撃銃を撃ったなら、私たち二人共死んでいたかもしれない。直接は無理だ。 けれどもタイヤは防弾と言えど、所詮タイヤに過ぎない。小口径の高速弾まで防げるかどうか、疑問は大きい。恐らくは防げまいと思う。 私たちは不死ではない。人間と同じように生きるし、人間と同じように死ぬ。死ににくいだけだ。死はいつも、私たちの傍に佇んでいる。 一度油断を見せれば、その冷たい手を首に回し、決して逃げられない、定めという名前の枷を嵌める。最後に彼は連なる犠牲者を、 枷に繋いだ鎖を引いて向こう側に連れて行くのだ。場所は問題ではない。彼に捕まらないように気をつければ、最期の瞬間は訪れない。 真実の瞬間に遅れを取ることが無ければ、我々はいつも彼と仲のいい友人でいられるのだ。やあ、良く来たな! と笑って言える友人で。 薄暗い、敵のいない空間を、注意深く監視する。瓦礫の後ろは? あのアパートからはこちらが丸見えだ。そこの屋台の陰にいないか? 何処も注意しなくてはならない場所だ。注視して、動きを見せれば弾丸を撃ち込めるようにしておくべき場所だ。ホットゾーンである。 そういう場所には、サイドミラーで通過した後も注意を払わなければならない。通り過ぎたからと言って、敵がいないという訳ではない。 上手く隠れて、車輌の通過を待って一斉に攻撃を開始する、というのは、どの戦術書にも書いてある待ち伏せの基本であり、全てに近い。 無反動砲を一発貰えば、このトラックなどただでは済まないだろう。破壊され、我々は死ぬか、負傷する。腕一本は覚悟するべきだろう。 私はだけれども、一本だって彼らの為に腕や足をくれてやる気は無かった。私は銃を構えるよりも、ハンドルを奪った方がいいと思った。 短い通信で、意思を疎通する。喋るより早い。トラックが左に曲がり、止まる。道を塞ぐような感じだ。即席のバリケードになる。 私は了承を得なかった。ジューンの襟を引っ掴み、抱え込むようにしながら助手席のドアを開き、一緒に転げ落ちた。銃弾が頭上を通過。 やれやれ、危ないところだった。私の親友は私に礼を言い、ナイフを抜いた。彼らの戦力を見定めている暇は無いだろうと考える。 見定めている間に無反動砲でトラックを破壊されれば、この後の任務が面倒になることだし、とっとと突っ込んで蹂躙し、始末しよう。 トラックの下から覗き込み、幾らかの敵の配置を確認する。幸い無反動砲は確認出来ない。だけれど、建物に潜む可能性も無視出来ない。 安心はせずに、敵の位置から、最適な処理ルートを構築する。私だけではなくジューンもいるので、比較的安全に処理出来ることだろう。 何せ、安心して後ろを任せられる戦友なのだ。私は刀を抜いて、右手に持った。左手は拳銃を握ったままだ。ジューンは両手にナイフ。 始めますか? 私は目だけで尋ねた。彼女は頷きもせず、やはり目だけで、私の質問に肯定の意思を返した。この感覚は最高だと思う。 私たちは飛び出した。銃弾が一拍程度遅れて降り注ぐ。私は左手で庇いながら、拳銃を射撃し、二人を倒した。肉薄し、刀を振り上げる。 * * * 使える状態の車のバッテリーを探す必要が、自分たちの為にもあると気付き、私たちは急いで捜索作業に取り掛かることになった。 あれやこれやと面白いとは言えない、はっきり言ってつまらない仕事が続いたけれど、これはそうではない。真剣に取り組むべき作業だ。 勘違い等の出来事以降、私の相棒は妙に優しく、物分りが良くなり、素直で可愛らしく、私に普段よりべったりとくっつくようになった。 これもはっきり言って急激な変化で、却って不気味なものを感じさせるが、あっちはお構い無しだ。何だかこうも彼女にくっつかれると、 いつもみたいに殴ることも出来ない。別に互いの位置が問題なのではなくて、彼女の目を見ていると、彼女の目に見られていると、 どうにも振り上げた拳を振り下ろす気が無くなってしまう。これが魅惑という奴なのだろうと私は思った。中学生みたいな体の癖に。 彼女は私と私の服を気遣って、バッテリーを入手する際も自ら進んで志願し、私の代わりに汚れてくれた。私は不気味さを抱いていたが、 そうだとしても彼女が私に対しての好意と思しきものを表し、私が汚れずに済むようにしてくれたのだから、何らかの返礼を要していた。 何か無いかと体中を探る。と、前の服から今の服に着替えた時に外し、そのまま持っていた髪留めを見つける。汚れは、無い。これだ。 私はしゃがみ、黒い汚れがちょっと付着した彼女の顔を指で拭って綺麗にし、彼女の髪留めと私の髪留めとを交換した。彼女は喜んだ。 こうして私たちは更に絆を深めていくのである。相棒は柔らかく微笑んだ。それを見て、私は思わず見惚れてしまった。綺麗だったのだ。 私さえも胸に感じさせられるところのある、妖艶さと子供特有の無邪気さを同時に内包した、奇跡的な調和の成し遂げられた微笑だった。 くしゃっと彼女の髪を撫でる。探して見つけたバッテリーを、無断で様々な場所から拝借して来たもので繋ぎ、するべきようにしておく。 一仕事終えて、私は息を吐いた。これで当分は何の問題も無いことだろう……新たに何か面倒ごとが発生したりしない限りは、だが。 肘から肩までの大きさのバッテリーを、リュックサックに詰める。入るかどうか不安だったが、弾薬などの消耗によりスペースが多く、 何とか入れることが出来た。この小さな戦友のやりくりの上手さには、毎度毎度恐れ入ると同時に感謝の念を抱くことである。 オーガストお姉様に連絡を取って、エイプリルお姉様たちと会う場所を決めることにしようとして、私は音を聞いた。銃声だ。激しい。 私は落ち合う場所を決めるのは後回しにして、相棒の手を掴むと引っ張り、ふわりと宙に浮いた彼女を背負うと、音の方へと走り出した。 強く私の体を抱き締めて、自分の体を固定する戦友。何だか気恥ずかしいものがあった。お姉様には余り見られたくないような気もする。 銃声が近づいて来る。敵の数は多いようだ。もっと近くに行って分かったが、建造物に隠れた敵と戦闘中らしい。今この近辺にいるのは、 ジューンお姉様とジュライお姉様くらいだろう。既に話は聞いている。ジュライお姉様がジューンお姉様と行動を共にしている話は。 だから時間が掛かっているのかと、私は納得した。刀とナイフでは、建物内の敵を殺すのは難しい。一々突入しなくてはならないのだ。 銃撃の多い建造物を探す。耳を頼りにしたその探査結果を信じ、私はある赤いアパートに狙いをつけて、私のライフルの引き金を引いた。 十発の弾丸を全て撃ち尽くす。無尽蔵ではない弾丸だったが、お姉様を助ける為になら何百発使おうと惜しくなんて無かった。 投げ渡される弾倉を、空弾倉と換える。こちらに気付いた敵が、しなくともいいというのに、兵力を割いて私に銃を向ける。無駄だった。 銃は向けられた。弾丸は放たれた。それは私に当たった。けれど、穿ち貫きはしなかった。私を傷つけるには、その弾丸は貧弱過ぎた。 ただ、当たったのが肩だったのは幸運だったと思う。でなければ新しい服が早速傷物になってしまうところだった。次からは避けよう。 それか、背後の彼女を盾代わりにするのもありだ。だが、それで誤って死なせたら、今後の行動に支障が出ることは目に見えている。 どうせ残り三秒もしない内に突入出来るし、何も考えずに回避だけを念頭において戦うことにしよう。蝶のように舞い、蜂のように刺す。 得意な戦闘スタイルではないが、服を傷つけたくないという望みを叶えるにはそれしかない。血にも汚さないように気をつけなければ。 銃弾の下を戦場走りで掻い潜って、突入口、閉ざされたドアに突っ込む。お姉様たちは反対側にいるようだが、突入はしないのだろうか。 敵の銃を奪って対抗を始めたのも考えられる。ある程度敵を減らしてからの方が、突入後の掃討も簡単だし、安全だ。危険を好まない、 十二姉妹らしい思考とも言える。背中から戦友を下ろして、ライフルをケースの中に入れさせた。拳銃を抜く。アパートでライフル? 振り回していられないライフルにどういう存在価値があるだろう。インドアでライフルなんて、どうかしているんでない限り持たない。 スライド後部のインジケーターを見て、弾薬が装填されているのを確認する。こういった細かな機能はありがたい。弾倉を抜かずに済む。 アパートは三階建てで、銃撃は主に二階と三階からだった。ライフルのケースを床に横たえてさせて、相棒には一階を確認しろと命じる。 彼女は銃を片手に動き出した。私も遅れを取らないように、拳銃を持って階上へと向かう。最上段の二、三歩手前で止まった。怪しい。 このアパートからの銃声がぴたっと止んだ。彼らは侵入者への攻撃へと頭を切り替えたらしいが、切り替え過ぎたのだと思われた。 全員が銃撃を止めてしまっては、警戒していると教えるようなものだ。で、当面最も怪しさ全開なのは、階段を上がった先の通路だった。 二手に分かれている。ということは、敵が二人いると考えて宜しい。頭の中でシミュレートしたが、服を傷つけずに戦えそうに無かった。 一考し、上手くいくか分からないけれど、成功すれば無傷で二人を殺害出来る方法を考え出す。ところで今、敵が二人いるのが確定した。 敵は馬鹿なのか、余裕が失われたせいなのか、通路の照明が落とされていない。ばっちり影が床に伸びている。私はにやにやしながら、 銃を前に構えた。彼らが頭を出せば引き金を引くだけで済む、そんな場所を狙って。下から銃声が響いて来る。突撃銃と、拳銃の銃声。 拳銃はP7やソーコムのもので、相棒は仕事を満足にやっているのだと分かった。驚きはしないことだったが、下にも敵がいたようだ。 影がそわそわし出す。おいおいと思う。プロだった彼らも部隊が崩壊して、プロとしての落ち着きやら何やらを、纏めて失っているのだ。 下のことは下の者に任せるべきだろうに。彼らは私を待ち伏せしているのだ。私のことだけを考えておけばいいのに、下まで考えている。 それは指揮官の考えることで、末端の兵士は仕事をこなしていればいい。そうすれば勝利が訪れるものだ。指揮官が無能なら別だが。 で、結論から言うならば、彼らは最終的には致命的な間違いを犯した。私がいないのだと思ったのか、確認の為に顔を出してしまった。 いやあ、まさか本当に上手く行くとは思わなかったことだ。私は引き金を引いた。薬莢が左と上に一つずつ飛び出し、床に落ちる。 彼らの死体が床に落ちる前に掴み、階段へと引きずり込む。突撃銃を奪い、弾薬も手に入れた。拳銃だけでも十分だが、あった方がいい。 装着されていた弾倉を外し、中身を確認する。新しい弾倉へ直前に換えたらしく、フルに装填されていた。右手のP38を仕舞い込む。 スリングで肩から提げ、通路を確認。クリア。下での発砲は続いている。お姉様たちは何をしているのだろう。別の拠点にいるのかしら? ドアが両側に幾つも配置された、これぞアパート、という感じの通路を歩く。最初のドアの前で立ち止まる。拳銃を弄び、後ろを向く。 発砲。用務員しか用の無い部屋に隠れていた兵士一人が、銃を構えようとしていて撃たれ、仰け反り、壁に背中を押し付けて崩折れた。 背後に物音。同時攻撃とは困った話だ。私は後ろを向かなかった。厳密には向いたのだろうが、私はそのまま仰向けに倒れたのである。 突撃銃をその状態で敵に向けて、撃ちまくる。十発程度撃ったところでくるりと回転し、伏せ撃ちに移行する。近くを擦過音を立てつつ、 敵弾が通過していく。床にも着弾して、床の破片が私の体に落ちたが、服には損傷無しなので問題は感じない。フルオートで連射する。 常人なら手の中で暴れ回り、フルオートでは使えないこの銃だが、私はパワー型アンドロイドである。暴れているとさえ思わない。 四人の敵兵をあっという間に射殺し、弾倉を換える。立ち上がって服を手で払って、埃や破片を落とす。最初の部屋を通過。敵は来ない。 次の部屋二つを通過。同じく、敵は出て来ない。その次の部屋。ドアの左に来た直後、そのドアが開いた。私が思うに彼らはそのドアで、 私を跳ね飛ばすつもりだったのだろう。甘かった。失敗の要因の一つは私を形成する材質。一つは私の反応。もう一つはドアの耐久度。 五十口径弾をも無効化する私の体の前に、更にはその……口を大にして言えることではないが、重みの前には、その攻撃は無意味だった。 その上、私はドアが開くのとほぼ同時に反応していた。拳銃を向けて数度引き金を引く。二発の弾丸は敵を殺した。そこで弾切れだ。 弾倉交換しようと下を向く。と、前で動きがあるのが視界の端に映った。敵のいた部屋に飛び込み、銃撃を回避する。ふう、危うかった。 どうにも敵がばらばらな連係をしたがるのは、理由でもあるのだろうか。切れ目無く襲い掛かることが、敵撃破への王道であるだろうに。 顔面に何かヒットする。何かと思って掴んで見ると、手榴弾だった。引き攣りながら、廊下へと投げ返す。爆発。天井の埃が落ちて来る。 部屋の中にいた私に直接当たるということは、壁に跳ね返らせたのだろう。手榴弾の扱いが上手い兵士がいるというのは、脅威である。 破片とか本当に困る。部屋に何か無いかと探す。小さな置き鏡があった。小さいが、そのまま使うには大きい。叩き割って、欠片を取る。 それを戸口からちらと出して、敵の様子を伺った。三、四、五。誰もが突撃銃と、手榴弾で武装している。擲弾発射機持ちも二名いる。 もしも正面からやり合うならば、まず排除すべきは擲弾発射機二つだろう。回避が難しく、直撃だろうと破片だろうと私の服が傷つくし、 頭部に当たれば故障も免れない。が、私はそこまで馬鹿ではない。何が悲しくてそんなことをしなくてはならないのだ。もっと考えろ。 引き付けて、壁を抜いて一人か二人を始末してしまえばいい。突撃銃なら可能な芸当だし、音で判断するのはそう難しいことではない。 さて、作戦の決定が終われば、攻撃あるのみだ。私が持っているのは拳銃二挺と突撃銃一挺、それに弾薬二百五十。おっと、そうだ。 拳銃へのリロードを忘れてはいけない。私は銀色の愛銃に、九ミリの死を八発分与えた。これで彼女は生き返った。スライドを引く。 鏡を引っ込めたので影で知るしかなかったが、敵が私に近づいて来るのを知るにはそれで十二分に事足りた。私は彼がいるべき場所へ、 彼の姿を見ること無しに、十数発の弾薬を横二列にばら撒いた。肉に当たる音がして、血が戸口に見えて来る。壁に張り付いていた私は、 入り口からすぐさま離れた。仲間が私のいた場所に発砲している。私がどうして留まっていると思うのだろうか。頬を左手で掻きつつ、 突撃銃を弾切れになるまで撃ち続けた。弾倉を落とし、廊下に向かって歩きながら交換。腹を押さえ身を折りながら立っていた兵がいた。 そいつの顎を掴んで、ぐいと上げる。そうして、彼の胸の装甲板を蹴り飛ばした。通常人間の脚力は腕の三倍くらいあるという。 人工筋肉を使う私の場合にもそれは当て嵌まるのかどうか。思うに、当て嵌まらないだろう。両方とも足の強さに揃えた方がいいのだし。 蹴り飛ばされた彼は飛んだ。いやいや、冗談や比喩ではないし、誇張でも無い。真実、空を飛んだのだ。未来には落下しか無い飛行だが、 飛行したことに違いは無かった。彼は物理法則に従って飛んで行き──進行方向にいた別の兵士たち二人に直撃した。彼ら三人は倒れた。 私はそいつらのところまで歩いて行き、一発ずつ、ヘルメットと装甲服の間に撃ち込んで、始末した。蹴っ飛ばして、通路の隅に寄せる。 辺りを見回す。敵はいない。油断は出来ない。三階はどうなっているだろうか? 三階から敵が来た可能性も否定は出来ない。 まあ、確認すればいい話だ。取り敢えず、この階層の敵を全滅させたようではあったから、上に行くことにした。全部の部屋は空だった。 三階も同じようにそうであれば幸いなのだが。階段に向かうと、下から落ち着いた足音が聞こえて来た。外では銃撃音が聞こえるが、 しかしこの建造物の一階から響くそれは途絶えている。彼女だろう。驚かせるのもいいかもしれない。相棒の驚いた顔が目に浮かんだ。 素っ頓狂な顔をして、腰を抜かすかもしれない。驚きの余り転げ落ちたらどうしようかと思ったが、大丈夫だろう、人間じゃあるまいし。 階段のところに待機する。これは関係無い思考だが、いい加減お姉様たちは私たちの存在に気付きそれなりの処置をするべきだと思う。 私の切ない想いの為にも。足音がいよいよ近づいて来る。ようし、今だ! 階段から見える位置に躍り出る。大声を出し驚、って、あれ? ……ジュライお姉様だった。 * * * 十数分後に聞いた話では、彼女はその時、味方になっていたらしかった。言うも更なりという奴だが、私はそんなこと、聞いてなかった。 だから彼女を見た時に叩っ斬ろうとしたのは、責められるようなことではないと思いたい。この責任はジューンにあるのだと思う。 彼女を攻撃するつもりは無いが、ジューンのミスであるのには異論無いことだろう。彼女が伝えていれば、こんな過ちは起こらなかった。 私は刀を突き出し、彼女はそれを身を引いて避けた。彼女を追って私は段を蹴り、一気に階段を跳び上がって、廊下に立った。 これも話を聞いた後でなら何故かが納得の行く出来事だが、新型は目を白黒させており、私の行為に心底、度肝を抜かれたようだった。 だけれど、一番に惜しむらくは私とジューンが二手に分かれて行動したことだろう。一緒に動いていれば彼女が止めてくれたのだから。 ジューンに伝えておけば、それでも問題は無かっただろうが、それには強い抵抗があった。私はこの敵を、高く評価していたのである。 戦いながら通信するような、小さな隙だったとしても、作りたくは無かった。見抜かれることを思うと、私にはそうは出来なかった。 態勢を整えさせる暇を、長く与えてなどいられない。私は襲い掛かった。彼女はまだ、戦うことを避けようとしているようだった。 しかし私が本気で彼女を殺しに掛かっていることと、一度そう考え、そう行おうとしている私から、今この状況で逃げられぬと分かって、 新型は考えを変えたようだった。しつこくもこれも後から考えたことだが、彼女はオーガストと通信出来た筈で、オーガストに話せば、 誤解が招いた私との戦いを回避出来たに違いなかった。それをしなかったということは、やはり彼女は私と戦いたかったのだろうと思う。 一瞥して、彼女がライフルを持っていないことに気付いた。これは、私にとって喜ばしくないことだった。長物を持っていれば、 戦い易さの点で私は彼女に一歩長じることになる。だが、拳銃とギルド兵の突撃銃は室内戦に最適な組み合わせだ。攻め難いことだろう。 でも、それで退くような自分ではないし、もしそうだったなら最初に相手を驚かせた時点で、尻尾を巻いて逃げ出すことを決定している。 突撃銃を向けようとする彼女と私との距離は、五と半歩余り。撃たれる前に完全に私の間合いになるまで踏み込むには、残念だが、遠い。 ……けれど、それがどうした? 彼女の武器は今や、私に決定的ダメージを与えられる武器ではないのだ。無視したって、大丈夫だ。 そして、その通りだった。今まで新型はずっと、あのライフルだけを使って来たのだろう。彼女からすれば武器とはあれを指す言葉だ。 表現し難いが、彼女は武器という概念を正しく認識しながらも、心底武器と認めたのは突撃銃や拳銃ではなく、あのライフルのみなのだ。 だから彼女は間違えた。それは、突撃銃は武器だった。間違い無く武器だったが、私たちを止められるような武器では、決してなかった。 彼女の生い立ちを考えれば当たり前だろう。ずっと、敵は十二姉妹だったのだ。彼女が生まれた時からずっと。十二姉妹を殺せる武器は、 現状、あのライフルだけで、それだから彼女にとって認めることの出来る武器はライフルだけだった訳だ。まあ、どうでも良いのだが。 銃弾が私の肌を数度叩いた。心地の良い感覚ではないが、戦いとはこういうものなのだと思い出させてくれる感覚だ。これこそが闘争だ。 私も目の前の女性と同じようなきらいがあるのかもしれない、と思った。戦いを求め、戦いの中に生きて、死ぬ時はその中に倒れたいと、 思っていないとは言えなかった。何処かで望んでいるのを認めるには吝かではなかったし、自分の行為を鑑みるにきっとそうなのだろう。 右手に握った刀を振る。体を左に向かって捻りながら、斜線を切っ先で描く。当たるとは思っていない。ほら、体を反らして避けた。 服一枚だって傷つけられてはいない。それでいいのだ。一度の攻撃で相手を始末出来ると考えてはならない。積み重ねが大事なのだ。 我々は、全ての敵を強力で捻じ伏せられるほど強くは無い。勝ちたければ、必ず勝てる状況を作り出すしかない。戦闘でも、戦争でも。 左上で止まった手に握った刀を、逆手に持ち替える。そのまま、さっき描いた斜線を逆向きになぞる。反らした体を狙って調整して、だ。 これも、命中は期待していない。彼女が跳んでかわすと分かっていたからだ。後ろにはそれだけの行為を行うスペースがあったし、 それをしなければ回避出来ないというのも、彼女の次の行動が分かった理由である。跳んで、床に手を突き、突撃銃を構えようとする。 彼女の動作は遅く無かったが、その時には既に、私は新型に追い付いていた。しゃがんで構えようとしていた彼女の顎に膝蹴りをかます。 後方への跳躍で稼いだ距離を走って運動エネルギーを上乗せしたこの膝蹴りは、新型を吹き飛ばすことの出来る威力を持っていた。 新型は数メートル私から離れた位置で止まり、すぐに立ち上がった。突撃銃を肩から外し、床に下ろす。握っていた拳銃をホルスターへ。 素手で私と戦うという判断は正しいだろう。銃が無意味であるからには、人類とそれらに模した形をした全てのものが持つ最後の武器が、 最良の選択になることは疑いの余地の無いところだ。彼女が完全にペースを取り戻す前に、襲い、打ち倒し、最後の一撃を加えなければ。 大きな三歩で敵との距離を詰める。初撃に全てを賭けるのは好きではないので、イニシアティブを得る為の攻撃から始めることにする。 私の武器たる白刃を振り下ろす。と、ここで驚くことが起こった。彼女は今まで、避けることを選択し続けていた。当たらないことを。 それが、受けたのである。彼女の左手首の数センチ上に、刀の鍔がある。私の両手も。しまったと思った。これでは防御がままならない。 案の定だが、私は反撃をまともに食らうことになった。右の拳が私の腹に当たる。パワー型のパンチとは恐ろしいもので、たったの一度、 拳を身に受けるだけで、私は行動を封じられてしまった。身を折ったのである。止めようと思ったものの、止められなかった。危険だ。 刀を落とさなかったことを褒めてやりたい気分だった。本能的な危機を察知して、左腕を顔の横に構える。ぶん殴られて、壁に張り付く。 そこに蹴りがやって来た。避けるなど無理な話で、私はそれも身に食らった。彼女の脚力は凄く強かった。私は階段まで戻ってしまった。 いやはや、全く、パワー型というのは。マーチも同じくらいの力を出せるのだろうか? 彼女とは絶対に喧嘩するまいと、心に誓う。 体が宙に浮かぶ心地は再度味わいたいと思う類のものではなかった。一度でも多過ぎる。人から話に聞くくらいが最適ではないだろうか。 新型が走り寄って来て、跳び上がった。膝を私の体の上で突こうとしているのだと知って、私は今度こそ避けなければならないと考えた。 でなければ私は再起不能になり、先程の誓いを裏切ることになる。裏切り者の名を受ける痛みを一度知ったからには、それは嫌だった。 足で床を蹴る。彼女の狙ったのは私の腰部だった。でんぐり返しの途中で止まる。所謂……いや、止めよう。私は恥を持ち合わせている。 兎に角、私は死を免れた。敵の膝は床に打ち付けられ、硬直時間が生まれた。私は足を彼女の首に引っ掛けて、階段に向けて転ばせた。 彼女が中途半端な姿勢をしていたが為に可能だったことで、これがもしも膝での攻撃でなければ、こんなことは出来なかっただろう。 新型は私の願った通りに転げた。階段を転げ落ちて行き、一際大きく、ごん、と音を鳴らして、階下で止まった。その下に黒服がいる。 ジューンではなく、新型のお供だ。偶然巻き込まれたようだった。纏めて殺せるのならそれは素敵なことである。階段を下りていると、 そのお供が新型の重しから抜け出して、私と自分の上官を見て、叫んだ。何をやっているのかと。何のことだか分からないで、止まる。 彼女は素早くジューンにオーガストを介して連絡し、ジューンは私に慌てて要領を得ない説明をし、私はようやく自分の行いを理解した。 転げ落ちた最悪の敵を見る。目を回してぶっ倒れていて、今でも止めを刺せそうだ。やってみようかと思ったが、それは止めておいた。 新型がこの程度で無抵抗になることは、よもや無いだろう。埃まみれの彼女に手を貸し、立たせて、払ってやるに留める。されるがまま、 目をきらきらさせて立っている彼女には、流石の私も肌寒いものを感じた。一片の疑いも無い信頼は恐怖するべきものだと私は思う。 我々はいずれこれを相手に戦わなくてはならないらしかったが、残り十人の姉妹全員と肩を並べて戦うとしても、この敵は自分にとって、 恐怖の対象だった。私でも怖いものはある。誰にだって、怖いものくらいはある。それを笑い飛ばせるかどうかが、真に大切なのだ。 払い終わると、三人組と比べ物にならないほど大人っぽい同じ顔の──エイプリルたちが年末型と呼ぶ──アンドロイドが、主に代わり、 私に礼を言った。その言葉の中に棘が隠されていることに気付かない私ではなかったが、彼女の気持ちは推測出来たので、黙っておく。 本来なら彼女の位置に私が立っているのだから、少しの嫉妬もやむなしだ。ずけずけと土足で上がられては、いい気分もしないだろう。 慇懃無礼な調子の礼に上官がちらと叱咤の様子を見せたが、それもジューンが走り込んで来たことで何処かへ消し飛んで行ってしまった。 彼女は我々が戦闘を中止したことに大きな胸を撫で下ろして、最悪最強の敵が如何にして十二姉妹側に寝返ったのかを教えてくれた。 それを私は最後まで、邪魔はせず、口を挟むこともせず、ずっと聞いていたが、その……何というか、信じられるが信じられない話だ。 目の前の褐色肌を見れば分かる。この女は、話通りのことをするだろう。話通りの代価を得る為に、彼女の友軍を裏切り殺し尽くすのだ。 「真実だ、真実なんだ、ジュライ。それは信じられないけれど、本当に」 ジューンの言葉は、私の表情を見てのことだろう。だが私には彼女を疑う気持ちなど無かった。何が一体敵をそうさせるのかを知りたく、 私は黙考していたのである。だけど、考えて分かる話ではなかった。直接聞くか? 彼女は答えるだろう、嘘偽り無しに教えてくれる。 聞くか? 選択は一瞬だった。私は素直に、言葉をオブラートに包まず、単刀直入に、少々不躾な言葉だったかもしれないが、尋ねた。 新型はそんな言葉にも嬉しそうだったし、どうして誰もこれまで聞いてくれなかったのか不思議だ、と言い、答えようとしたが、 びくりと体を震わせて止まる。何かと思ったら、オーガストと通信を行っているようだ。彼女は眉が下がって、残念そうな顔になった。 聞くと、エイプリルからのオーガストを介した連絡で、新型曰く『用事が出来た』らしかった。私はそうか、と思い、何も考えなかった。 最後まで私に対して敵意をちらちらと見せていた年末型を連れ、彼女の武器、ライフルを携え、走って行く。背中が楽しそうだった。 心から楽しんでいるというのなら彼女はどうかしているが、いや、実際に彼女はどうかしているのだから、楽しいのも無理は無いだろう。 私は彼女を見ていたが、やがてジューンに促されて仕事に戻り、それから後は接敵も無く、任務を終え艦に戻った。冷や冷やしながら。 ジューンと私の共通した恐れは、エイプリルのことだった。彼女の判断がどういう風に傾くかで、私の命運が定まることになる。 可能なら今まで通りに戻りたいが、それは余りにも傲慢な願いだった。あれだけのことを仕出かしておいて、勝手に戻って来て、 元通りに、だと? 思い上がりも甚だしい想いだ。恥ずべき行為ですらある。私は当然厳罰に処される筈であり、そうであるべきなのだ。 ところがエイプリルは、艦にいなかった。メイもだ。彼女たちは艦を離れていた。兵士たちから行き先を聞いて私は、もっと驚いた。 たった二人で、あの女を? 火力も足りず、力で勝る訳ではなく、精々勝るのは技量のみ、それさえも彼女は捻じ伏せるだろうに! 私は、信じられなかった。新型の裏切りに到る経緯よりも信じられなかった。御伽噺でもないのに、勝てる訳が無いと、言葉が漏れた。 それをジューンは、静かに否定した。私の言葉を、静謐さを湛えた横顔を見せながら、私の隣で否定した。その言葉は理由も無いのに、 自信に満ち溢れていて、何故か私は彼女を心から信用する気になっていた。不思議なことだと思いつつ、どうかしてるリーダーの残した、 今のところ最後の命令を果たすことにした。私が艦の指揮を執り、繁華街側の指揮をも執るように、という命令だ。全くどうかしてる。 * * * ──……ジャニ……ジャニアリー! ただでさえフェブの大声は耳に悪いとマーチも常々言っているほどなのに、それを殊更大声で叫ばれて、ジャニアリーは一発で覚醒した。 失速し墜落しかけていたギルドスカイを、パニックになり掛けながら立て直す。どうやら意識が途切れてしまっていたらしかった。 首を振って、不確かな意識を何とか復活させようとするが、そう簡単には行かない。やっている間にまたギルドスカイのバランスが崩れ、 彼女は急いで操縦桿の操作に戻った。通信の向こう側のフェブは、彼女を心配し、艦に戻るように説得を続けている。が、その彼女は、 ここまでの状況下にあっても、艦に戻るという選択肢を頑なに受け入れようとしなかった。それには彼女の個人的な誇りが関連しており、 それに気付いたフェブは、説得することを止めた。一度己の誇りを守る為に言葉を発したら、その言葉が覆ることはまず無いからだった。 代わりに、ジャニアリーが眠りに戻って行かないように、二人はずっと話しておくことにした。地上監視の目は緩むが、墜落よりはいい。 誇り高い操縦者もそれには同意したので、フェブは話題を探した。急がなければ、ギルドスカイが地上に激突してしまうだろう。 正直な話、フェブは世間話が得意な方ではなかった。かと言って趣味の話をすれば、余計に相手を眠らせてしまうことになりかねない。 焦りながら話題を考えていると、ジャニアリーの方から切り出した。ほっとして眼鏡の位置を直そうとして、掛けていないことに気付く。 ──この戦いは……辛いものになりそうですわね。 『この戦い』という言葉が独立戦争のことを指すのか、それとも彼女が今、数千メートル下にしている、衛生兵たちの戦いのことなのか。 フェブラリーには分からなかった。どちらも辛くなるだろうことは予測出来ていたし、片方は既に実現し、もう片方もそうなりつつある。 どちらも指すのかもしれない。当たり障りの無い答えを返す。どうせ、会話の中核には到っていない。今の言葉は導入部なのだ。 ──昨日と今日だけで、何人死んだのかしら。さっき、と言っても艦でですけれど、そう思いましたの。ねえ、フェブラリー。 声のトーンが変わる。呻くみたいな声で、喋りたくないことを喋っているようだった。でも、フェブは止めなかった。止められなかった。 それほど、ジャニアリーの声は悲痛で、真剣で、喋らずにはいられない様子が、ありありと見て取れたからだった。言葉は続く。 ──初めてですわ、こんなこと。怖いんですの。怖いんですのよ。手が震えて止まらなくて、気分が悪くて、逃げ出したくなるくらい。 私も初めてだ、とフェブラリーは思った。あのジャニアリーが、こんな……以前の彼女なら泣き言と言い切るようなことを口にしている。 だから彼女はそれが本当のことで、心の根底から湧き上がる恐怖が、今話している相手を苛んでいるのだと分かった。励ます術は無い。 賢明な妹には、分からなかった方が良かったのだろうが、それも分かっていた。克服に手を貸すことは出来ない。横で話すことは出来る。 彼女の肩に手を置き、手を握り、ぎゅっと抱き締め、安心させようと耳元で優しく囁いてやることも出来る。だがそれが何の役に立つ? 結局のところは、今も昔も、誰もが最終的には孤独だ。そして人は、己の力のみで何事か成し遂げなければならない時があるものなのだ。 細かい矛盾点が気に掛かるフェブは、自分たちが正確には人ではないながらも、自分たちを人と形容することへの言い訳を頭に浮かべる。 ──フェブラリー、私、生きてますわ。あの中で戦って、何度も死にそうになって、でも生きてますわ。兵たちには死者もいたのに。 通信の向こう側だったけれども、フェブには分かった。彼女は涙を流していた。怖くてなのか、感情の吐露による涙なのか。考えたが、 すぐにそんなことは止めた。考えて、理解したとしても、そんな行為は限り無く無意味だった。今や彼女の声は完全に涙声になっている。 手を差し伸べられないことを、妹は心奥より残念に思って、恨んだ。姉が苦しんでいる。たった一人で、誰の助けも受けられず、一人で。 無駄な行いであっても、妹の心は姉を助けることを望んでいた。姉妹とはそういう存在だと思っていた。苦しんでいるなら誰かが助ける。 だというのに、自分には話を聞いてあげるだけしか出来ないのである。悔しかった。ジャニアリーへの無駄な励ましさえ出来ない自分が、 やけに無力に思えて、事実その通りなのだったのだから、もっと歯痒く感じられた。ドレスの端を握って、痛いほどに、力を込める。 ──ねえ。 涙を拭い、彼女の価値観からすればみっともないだろう声を抑えて、ジャニアリーはフェブに言った。短い言葉だったが、本心だった。 ──エイプリルは、強いですわね。そう思いません? 全部隊の命を肩に背負っているんですのよ。私なんて、自分の命で精一杯なのに。 口を開かなくてはならない気がした。フェブラリーは重い口を開き、何を言えばいいかも分からないのに、言葉を発そうとした。 ──彼女は、エイプリルは、その通りだと思いますわ。 ──その通りですのよ、フェブラリー。彼女は強く、私は弱い……あなたに愚痴と泣き言を漏らさなければ、自信を失うところでしたわ。 そう言って、ジャニアリーは妹に、静かに礼を言った。妹は否定し、自分は何もやっていないと言ったが、ジャニアリーは認めなかった。 彼女からすれば、黙って、何も言わずに、聞いてくれるだけで良かったのである。それが一番、彼女の求めていたものだったのである。 それから数秒間沈黙が継続し、心配になったフェブが何か言おうとした時、ジャニアリーの口が息を吹き返した。すっかり元通りの声だ。 気丈で、単なる嫌な女にならない程度の居丈高な、しっかりした芯を持った女性特有の、自信に満ち満ちた、いつもと同じ声だった。 ──全部忘れなさい、フェブ。全部、聞いたことを、全て。私とあなたは今から話を始めますわ。さっきはお互いに、黙っていただけ。 妹は頷いて、受け入れた。姉は打って変わって明るい声で関係の無い話を始めた。最近の話、昔の話、二人にしてみれば大昔の話などを。 フェブは随分後になるまで気付かなかった──彼女は正に、姉が必要とするその時に、そこにいて、彼女を暗闇から助け出したのだった。 * * * 時は来た。遂に来たのだ。今こそがその時なのだ。今度こそ私の最期の時か最高の時か、または両方になり得るのだ。絶対に、違いなく! 私は感動と喜びに叫び声を上げた。祝杯を挙げたくなる気分だった。冷然とした目で私を見ている相棒さえ、今ならば許すことが出来た。 お姉様と戦える! お姉様を殺せる! お姉様に殺される! どれもこれも最高だ。お姉様と相打ちになるのが一番だが、それをすると、 他のお姉様たちと戦えなくなってしまう。今は私の大切な十二人のお姉様の内二人に意識を集中するとしよう。二人と戦い生きて死のう。 バレットの調子は上々で、私の拳銃、ワルサーの動作にも不安なところは無い。エイプリルお姉様のルガーに対抗して持った拳銃だ。 動いて貰わなくては困るし、銃の整備も出来ていない、不出来な妹だと思われるのは心外かつ私にとって最悪の事態に他ならないことだ。 試射として数発、動きながら両方の銃、計三挺を撃って、最終確認とする。これで完璧に、何の間違いが起こる心配も無く、戦える筈だ。 余りに嬉しかったので、私はひょいと相棒を抱え上げた。軽くは無いが、それは銃の為だ。銃は私の左手に持ち、彼女を右手に抱える。 恥ずかしがっているのか悲鳴を上げて身を捩ったが、なあに、私は心優しい姉だ。抱き締めて頬を擦り付ける。彼女の動きが止まった。 どうやら私の本意を理解してくれたようで、故に彼女は怖がる必要が無いと分かったのだろう。ぐったりしている気もするが気のせいだ。 暫くして攻撃性を取り戻した彼女は、頻りに下ろすよう私に訴えかけ、拳で胸を叩いたが、蚊ほどにも感じない。あっちも加減してるし。 やがて私がどうしようもなくハイになり、上機嫌になってしまっているのを素直に受け入れ、彼女はようやく心から私の腕に身を任せた。 こうなると共に戦場を駆ける相棒ではなく、可愛らしい妹だ。オクト、ノヴェ、ディッセお姉様に似た、しかし全然違う可愛い妹である。 素直さを隠さず、躊躇無く甘え始めた彼女は本当に可愛い。いつだったかは危うく、背骨を折ってしまうところだったと記憶している。 どれもそれもこれも、犯罪的な可愛さを持った彼女が悪いのだと思う。私こそ寧ろ被害者なのだ。正気を失わせられた、被害者である。 私が走るスピードを上げ、辺りの景色が流れるようになると、この自覚の無い魔性の妹は、ただの子供みたいな喜びの声を私に聞かせた。 今までの生涯、それは非常に短時間だ。お姉様たちと比べれば私は赤子にも程遠い。だがその短いが濃厚な生涯を、私は彼女と過ごした。 過去も現在も途絶えるまでは未来も、彼女と過ごす。素晴らしいことだ。私は気付いた。それはどう考えても素晴らしいことなのだ。 私を慕う小さな友人と、短くも刺激的で楽しい一生を過ごせるなら、何にも変え難い魅力であることは、どう考えても否定出来やしない。 長くて刺激的なら更にいいが、私はそこまで欲深くは無いつもりだ。無欲を貫くことはしないにしろ、貪欲には軽蔑の念を感じる。 ぷにぷにとして心地の良い頬がこちらの頬に擦り付けられる。擦り付けるのではなく、擦り付けられるのだ。誰にも気持ちは分かるまい、 この私のとっても幸せな気持ちは。一つは姉と戦える。一つは姉を殺せるかもしれない。一つは姉に殺して貰えるかもしれない。 そうして最後の幸福を構成するピースは、この小さくて愛嬌ある妹が、私に甘えてくれているという確固たる事実、それこそがそうだ。 エイプリルお姉様とメイお姉様はあの古城で待っている。あの洋館めいた城めいた、不思議な建物で待っている。私たちが初めて会った、 お姉様には忌々しい思い出であろうとも、私には最高の思い出の場所。そこで私は再びお姉様たちと会えるのだ。火線を交わせるのだ! 急げ、急げ、急げ! 私の幸福、私の小さく素敵な夢、私の願ったただ一つの大きな代価を目指して、足を動かせ! あの場所目指して! 空は暗く、私とお姉様が戦うには良さそうなムードを漂わせてくれている。雨が降り始めれば、最終決戦の雰囲気ばっちりではないか。 腰のサーベルがかしゃかしゃと音を立て、拳銃を入れたホルスターは腿を軽く叩き続ける。ライフルに付けた十字架は飛び回って、 もしかして、銃に結びつけた紐が切れたりしないだろうな、などと懸念を抱かせるくらいだ。何もかもが未来への希望に満ちていた。 私の気持ち。妹の気持ち。私たちの立てる音、私たちの行為、何もかも。どれを見ても、この先起こることを、大いに楽しみにしていた。 建物が見えて来る。あの場所にお姉様がいるのだ。私が超えるべき障壁、最強の女性たち。恐るべき、信じ難い強敵十二姉妹の二人が。 誇り高く気高い敵だ。姉がそうだと、妹の私も誇らしい気持ちになり、彼女たちを汚さぬようにという気持ちになる。であるからして、 この後すぐに行われるだろう戦いにおいて、私は十二姉妹に名を連ねることが無い妹だが、例え十二姉妹だったとしても恥ずところ無い、 正々堂々とした全力での勝負を行わなくてはならない。汚い勝利は、美しい敗北に何億倍も劣る。私は姉を超えたいのだ。正々堂々と。 小汚い戦い方で超えただの何だのとふざけた口を利けるほど、私は厚かましい女ではなかった。不正直者でも無かった。実に正直だった。 建物にどんどん近づき、入り口にまで辿り着く。私は激突を避ける為に足を止めた。誰だってそうする。私もそうしただけだったけれど、 妹は不満だったか、私らしくないと思っているようだった。あれか。体当たりで突っ込んで内部に突入するのが私らしいと言いたいのか。 勿論、私はそうしなかった。ドアを普通にくぐり、普通に歩き、食堂まで行った。大分前に灯した蝋燭が気になったからだった。 まだ火がついているようなことはまさか無かろうが、あれば消さなくてはならない。可能性を勝手に抹消することはしなかった。 油断禁物、並びに油断禁物はいつだって通用する言葉の一つである。戦いの時も、今のようなそうでない時も、それは変わりはしない。 食堂を覗く。明るい。蝋燭は新しいものを出してきたかのような長さのまま、火が点いている。一体どういうことかと思ったが、 答えは蝋燭の傍にあった……いや、いた。エイプリルお姉様は椅子に腰掛けて、私を待っていた。長く待たせてしまったかもしれない。 まずは謝ったが、彼女はその謝罪を手を振って退けた。つまり、謝るべき行為を私が行っていないと安心させてくれた。 椅子を立ち、背中を向けて、付いて来るように彼女は告げる。この建物に入る時に右腕から下ろした相棒と私は、その背中の後を歩いた。 * * * 以前、エイプリルとメイ、それにその妹の三人が命のやり取りをした場所に来て、妹が一番最初に気付いたのは、椅子があることだった。 二つが用意されていて、クーロン繁華街の方向に顔が向くよう、並べられている。エイプリルはそこに腰掛けた。新型も横の椅子に座る。 相棒は言われなかったので立っていようとしたが、姉は彼女を手招きし、膝の上に来させた。妹には何の意味があってこうしているのか、 さっぱり分からなかったが、偉大な姉がこうするからには何らかの思いの一つでもあるのだろうと考えて、口を開かず、黙っていた。 エイプリルからすると、これも作戦の内の一つだった。ある意味で、彼女たちにとっての戦いは始まっていたのである。フェブの介入に、 どれくらい時間が掛かるか分からなかった為、ほんの数秒でも多く時間を必要とする十二姉妹側の二人は、こうすることにしたのだった。 妹は己の目標の為だけに動く訳ではない。彼女の心の中でそれが一番大きい目的であっても、姉の行動を無視して達成するとは思えない。 それは危うい作戦でもあった。彼女とエイプリルたちはじっくり話し合ったのでもなく、長年共に過ごして来たのでもなかったからだ。 待ち切れずに戦いを仕掛けてきたら? 会った途端に銃を向け、撃ち込んで来たら? 失敗の要因の方が多かった。でも、彼女らには、 これを選択する他に手は無かったし、時間を稼げなければ結局は敗北するのだ。であるなら、失敗を恐れていることは出来なかった。 並んで座りクーロンの繁華街を見ていると新型には、何だか自分が今から殺し合うことが信じられなくなって来た。不思議な気さえした。 勿論、戦うことに疑問は無い。それが彼女の望み、願望だったし、粛清部隊を裏切って味方になる為の唯一の条件でもあったのだから。 だけれど、こうしていると、ただの姉と妹のように自分たちの関係を認識してしまいそうになるのだった。それは心地良かったけれども、 新型が求める関係とは、少々違っていた。エイプリルお姉様は何故、こうしているのだろう? 不可解な行動を理解しようと、顔を窺う。 見たところは、平静そのものだった。己の行為を隠すことを忘れてじっと見つめていると、視線に気付いたエイプリルが新型を向いた。 柔和な微笑を浮かべる。口の端をちょっとだけ上げる、それだけの、注意が無ければ気付かないくらいの笑みだが、妹には十分だった。 憂いの色が無い溜息を吐いて、やっと、姉が口を開く。妹は変に気構えすること無しに、自然体で、落ち着いてそれを聞いていた。 「ここからは繁華街が良く見えますのね」 新型は失望した。こうしている理由が語られるものだとばかり思っていたからである。姉の行為は全く以って不可解の極みであったし、 それが不愉快ではないからこそ、未だ戦わずにいる理由を知りたかった。何故我々は銃を取り出さないのか。何故椅子に座っているのか。 頭の片隅でそう考えていた為、新型は答えに一瞬の遅れが出た。機嫌を損ねないかと思ったが、無論、姉はそのような狭量ではなかった。 「良く見えますでしょう? 夜にはもっと綺麗に見えると思いますわよ」 彼女、新型がここで、姉を迎えに行き、戦う準備をしていた頃、ここから姉とその仲間のいる繁華街を眺めたことがあった。良く見えた。 その時のことを思い出す。繁華街の周りは暗く、暗く、暗く、その中に煌々と輝きを発する繁華街の明かりがあり、その大きな差が、 繁華街の活気と騒がしさをより効果的に演出していた。戦闘が始まって銃声が響くようになっても、その光は途絶えやしなかった。 でしょうね、と姉が答えたので、妹はそのことを保証した。記憶を送信して見せたいくらいだったが、姉の用心深さでは無理な話だった。 空白が続いてしまう前に、エイプリルが質問を一つ、妹に投げ掛ける。妹と戦った十二姉妹全員の疑問の一つで、最大の疑問だ。 「あなたは何の為に戦うのかしら?」 「お姉様を超える為ですわ。己の求める強さの為、と言っても強ち間違いではありませんけれど」 妹は即答した。迷いの無い答えに、姉は渋々この妹を言葉で丸め込むことは出来ないと認識した。分かり切っていたことではあったが。 「これは私の意見ですが、あなたは十分強いように感じられますわよ。私たちよりも強いと思わせるくらいに」 首を振って、新型はそれを否定する。彼女は姉に対しては素直で信じ易い性格だったが、自分のこととなると辛辣で疑り深かった。 彼女が自分の能力に疑念さえ抱いていると知って、それに負けそうになった自分とメイは何なのかと、エイプリルは心の中で呟く。 熱っぽく、姉への敬意や信奉心を語る妹。自身の生まれた理由こそ姉たちにあるのだと力説し、ある意味で生みの親でさえあると訴える。 それでも……それだからかもしれなかったが、彼女は自分の力を確信出来なかった。自分と同じ理由で生まれた姉妹たちと戦わされ、 ことごとく捻り潰し、執念く生き残ろうとする者をも全て全て打ち倒し勝利してここまでやって来て尚、腑に落ちないものを感じていた。 自分の誕生の理由たる姉を倒せば、この忌まわしい疑念を拭い去れるかもしれない。一度そう信じたなら、彼女は努力を惜しまなかった。 元より、姉のことは好きだった。直接話したことも無く、戦術や思考パターンを知る為と方便で奪い取って来た彼女らの記憶ファイルを、 一人でこっそり見ていただけの、一方通行の関係だったが、彼女は真剣に、姉たちを心から愛していた。表現は不器用で異常だったが、 その気持ちは真実であり、混じり気や不純物などの一切存在しない、真っ白な想いだった。常に打ち倒す存在だった十二姉妹と、同様に、 常に打ち倒す存在の自分。ぶつかり合った時にどちらが倒れるか、新型にも分からなかった。だから余計、勝てば疑念が拭えると思った。 「私はお姉様を超越しますわ、お姉様。それがたった一つの願いだったんですもの」 エイプリルが言葉を聞いて、眉を上げる。何かに気付いたようだった。新型は、一体姉が何に気付いたのだろうと考えた。姉が質問する。 「超越して、それでその後は?」 軽く答えようとして、妹は言葉に詰まる。考えてみれば、そうだった。私は姉を越えてどうするのだろう。疑念を拭い、それで、次は? 分からなかった。彼女は恥ずかしく思ったが、浅慮を素直に認めた。エイプリルは満足していなかったけれど、深くは追求しなかった。 「残念ですわ」 いつだったか、同じことを言った姉がいたことを思い浮かべる。フェブラリー。フェブラリーお姉様。彼女は新型と戦うのを残念がった。 今、もう一人の姉も残念がっている。新型は、彼女がどういう理由で何を残念がっているのか、知りたかった。でも、聞かなかった。 それは場にそぐわぬ質問であると彼女が思ったからである。妹はこれから何が起こるのか、ちゃんと心得ていた……そろそろなのだ。 同意しますわ、と、取り敢えず姉に合わせて言う。エイプリルはちらりと妹の顔を顎から両目まで見たけれども、それで終わりだった。 それでは。姉が一言発する。新型の体に緊張が走った。隣の美しく気高い女性の変わらず穏やかな表情から、圧倒的な殺意が感じられた。 口の中で舌を躍らせ、妹は緊張を解す。この雄々しく勇ましい誇りある姉はこれから、自分と戦うのだ。戦って殺そうとしてくれるのだ。 二人は同じ体勢で、繁華街を眺めていた。上品に、椅子に深く腰掛け、だらしなくならないほどに足を開き、背もたれに身を任せて。 「それでは、さようなら、お姉様」 「それでは、さようなら、私の妹」 姉妹は別れの挨拶を先に済ませておこうという件について、意見を一致させた。どちらが死ぬことになっても、これなら失礼が無い。 そうして二人が平穏の内に行われる会話を終えた直後に、新型は放っておくことの出来ない疑問を覚えた。メイお姉様は何処なのかしら? でも、質問に費やせる時間はもう無かった。妹はその疑問のせいで反応や戦闘開始が遅れたが、メイの所在を知っている姉は動いていた。 椅子にある四本の足の内、前方右の足に右足を絡める。素早く立ち上がりながらこちら側に引き寄せると、大きくくるりと回転して、 その椅子がついてくる。エイプリルは背もたれを掴んで持ち上げると、回転しながらそれを腰掛けたままの新型に思い切り叩きつけた。 妹は、姉は戦闘を阻止する気など更々無かったのだと安心した。予想通りだったが、彼女は明らかに殺し合いを始める気でいたのだと。 姉思いの妹は、姉を無理に付き合わせるようなことにならずに済んで良かったと、ぶっ倒れながら思った。姉は椅子を放り捨てると、 飛び上がり、空中でしゃがむ格好を取った。新型には飛び上がった時点で、彼女が何をしたいか分かっていたので、横に転がる。 石の床を、割れよとばかりに蹴りつける、重力を味方にしたエイプリルの両足。衝撃の緩和の為に、膝が曲がる。新型はそこを蹴った。 仰向けに倒れる姉。起き上がった妹は右腕を引いて、エイプリルの喉元付近を狙った。エイプリルも両足を体に引き付けて、 強力な蹴りを放つ。一瞬、時間の流れが緩やかになった。二人は、互いの視線が絡み合うのを感じ、その次に強烈な衝撃を感じた。 新型は胸に、エイプリルは両方の足に。仰向けになって後方数メートルに吹っ飛んだ新型が、さっと片腕を高く空に上げる。 そこにライフルが投げ渡された。阻止は間に合わない。エイプリルは右側にある柱の陰に隠れようとしつつ、牽制に拳銃を抜いて撃った。 ルガーとモーゼル、両方の銃弾を身に受けても、勿論新型はその動きに一切の支障をきたしたりはしない。五十口径弾が柱を抉る。 銃だけを突き出して、エイプリルは二挺を連射した。すぐに弾丸が切れる。柱にぴったりと身を寄せてエイプリルが弾倉交換する間に、 新型は彼女の遮蔽物目指して駆け出していた。柱からはみ出た服が動きを見せたので、床を蹴って跳躍する。エイプリルは正にその時に、 柱から姿を現してしまった。視覚による認識の前に振動が発生し、今度はエイプリルが後方へと飛ぶことになる。新型が銃を構えた。 唯一の防護壁たる柱は、エイプリルの後ろにあった。逃げ込めはしないだろう。でも、彼女は怖くなかったし、死ぬとも思わなかった。 新型の指が動くのよりも早く、屋根に手を掛けたメイが飛び込んで来て、床への着地ついでに新型に威力激甚なキックを浴びせ掛ける。 引金は引かれたが、エイプリルに当たりはしなかった。メイは頭を掻きながら左手を差し出して、親友が身を起こすのを手伝った。 「遅れたかい?」 肩を鳴らせながら、メイはそう尋ねる。親友は首を振った。彼女は服を叩いてしわを伸ばしながら、メイの心配を否定した。 「いいえ、期待通りのタイミングでしたわ。さて──」 横に飛んでいった新型が、埃を払いながら立ち上がる。ライフルを向けて、数射。二人は別々の方向に跳んで逃げた。エイプリルが着地。 ずざ、と地を擦る音を立てながら停止し、拳銃を構えようとする。金色の銃と、黒い銃。新型は戦いらしくなってきて、微笑んだ。 彼女の姉が大声で叫ぶ。その声が向くのは、数メートル離れたところで今にも戦闘へと加入しようとする、彼女の親友だった。姉が叫ぶ。 「メイ! ぶっ壊して差し上げますわよ!」 言葉で答える代わりに、メイはスリングで背中に回していたショットガンを新型に向けて、オートで数射した。 ダブルオーバックの散弾はしかし、敵の服を幾らか傷つけるだけで、一向にダメージらしいものを与えられたようには見えない。 メイに銃を構えようとした新型に向かい、エイプリルが突っ込む。突っ込まれた彼女は面食らった。今までだったら、二人共逃げたのに。 結果として、対応は遅れた。妹はその代償に、左手に持っていたルガーをしまいこんだエイプリルが放つ、顎への左フックを、 何の防御も無い状態でまともに受けることになった。メイも近づいてくる。新型は決断を恐れず、また、厭うこともしなかった。 彼女の頼れる相棒にライフルを投げつける。忠実な少女はそれを地に落とさぬように受け取り、邪魔にならない隅へと戻った。 エイプリルの銃を握ったままの手で放たれた変則的な右アッパーを左手で払い、返すその手で頬を殴る。姉は尻餅をついたが、 追撃はとても出来なかった。メイがいるからだった。極めて鋭いストレートを捌くのには多大な集中力を必要としたが、 新型はそれをやってのけた。でも、反撃に移れるほどの隙を作ることは、出来なかった。メイは辿り着く場所を失ったその勢いを殺さず、 前に一歩踏み出す。そしてその足を軸に、少々無理のある姿勢からだったが回し蹴りを新型に命中させた。不安定だったのもあって、 力も余り掛けられていなかったが、流されたパンチの勢いがそれを補った。新型が仰け反る。その間に立ち上がったエイプリルが、 左手でマダムの剣を抜き放ち斬り掛かる。と、その眼前を大質量の物体が通り、新型の手に掴まれた。彼女の力、彼女のライフルだった。 重みでバランスを取り戻した彼女は、すんでのところで姉の振り下ろした剣の腹をストック部分で払い除け、逆に振り上げたストックで、 エイプリルに重い一撃を喰らわせた。構えようとして、メイにひったくられる。妹はまさかひったくられるとは思わずに許してしまい、 おまけに奪われたその銃でエイプリルと同じ目に合わされた。が、彼女はそうされても、ライフルを掴み奪い返そうと試みるだけの力が、 残されていた。銃の掴み合いになり、動きが止まる。エイプリルがゆらりと立った。マズいと思い、新型はメイの腹を膝で蹴り上げる。 力が緩んだのと同時に奪還し、その時の勢いを使って、ライフルでメイを殴り倒す。今度こそと銃をエイプリルに向け撃とうとしたが、 エイプリルはメイが殴られている間、黙ってそれを眺め佇んでいるような女性では無かった。彼女は動いていた。動き続けていた。 姉の首の横を、銃口と銃身が通過する。懐に潜り込まれたのだ。最強最悪の妹でさえ最も回避すべき状況に、引き摺り込まれたのだった。 非常に賢明なエイプリルは、優雅さやレディの云々とかいうものを、この戦いには微塵たりとも持込みはしなかった。正しい判断だった。 彼女は躊躇を一片も見せずに、新型の股間を蹴り上げる。妹は危うく気絶するところだった。呻き声を出して跪き、股間を両手で抑える。 身を折った。悦楽への変換が不可能な痛みを、彼女は初めて知ったが、感心していられる状況ではなかった。吐き気さえもする。 無防備の彼女に、エイプリルは容赦無く追い打ちを掛ける。効果は薄いだろうが、やれるだけやってやりたかった。 メイは立ち上がらず、倒れたままの体勢で、半身だけを起こして、ショットガンの引金を何度も何度も、弾丸が切れるまで引き続けた。 エイプリルの爪先が平伏し祈るようなポーズを取っている新型の肩に当たる。新型は痛みを感じ続けていたが、我慢することは出来た。 姉の足を掴み、もう片方の足も掴み、ぐっと力を込めて引き寄せる。すると、それだけで、エイプリルはバランスを大きく崩してこけた。 立ち上がろうとする新型。でも、まだメイがいた。起き上がり、飛びついて押し倒し、マウントポジションを取ろうとする。 が、その解除に然程の力はいらなかった。メイが少し前にストレートの力を蹴りに使い回したように、新型も押し倒される力を流用し、 押し倒されるとそのまま素直に倒れ込み、敵の力でもって彼女を自分の後方に投げ飛ばしたのだった。予想以上に飛び、柱の一本に激突。 暫くは起き上がれないくらいに酷く打ちつけたようで、呻吟する。エイプリルは冷やりとした何かを喉元に感じ始めた。 それは差し迫った危機そのものを示すものであり、であるならばそれは正しく、突きつけられた氷の刃に他ならない凶器であった。 ライフルを入手し、アウトレンジからの攻撃に移ろうとする新型。その差し出された右腕の手首をがっしと掴む。銃撃戦で勝ち目は無い。 するりと抜き取ろうとするが、新型はそうするべきではなかった。抜き取ることを考えるべきではなかったと、彼女は後で後悔した。 強い拘束から逃れた腕が、力を込めていた証拠として、新型の豊満な胸に叩きつけられる。この時点で後悔は始まりつつあった。 エイプリルが踏み込んで来る。新型の左手には右腕が重なっており、その右はと言えば制動を掛けた為に今だ自由な状態ではなかった。 足を使おうとしたが、手遅れだった。眼前で火花が飛ぶ。頭突きは、新型の強靭な肉体を揺るがし、ふらっと一歩後退させるだけの、 強力なものだった。人間ならば頭蓋骨を陥没骨折していたかもしれない、強い頭突きだった。大きな見逃しようの無い隙が、発生する。 エイプリルの回し蹴りはメイよりも軽かったが、鋭さと固さはメイと同じかそれ以上のものを有していて、命中後新型はそれを確信した。 柱までよろよろと後ずさる。エイプリルが間合いを詰めようとしたが、妹ははっきりしない足元でも跳んで逃げることを怖がらなかった。 相棒の近くに着地する。即座に、合図も無しに渡されるライフル。渡したり返したり、忙しいことだとエイプリルは思った。 発砲の阻止は出来そうにも無いので、身を隠す姉。この時新型は、間違いを一つ犯してしまった。彼女は、目先の敵に囚われてしまった。 彼女はエイプリルを殺さねばならないという一種強迫観念じみた考えに取り憑かれてしまっていたのである。倒れていたままのメイを、 一発撃てば彼女は死んでいただろう。新型はそうしなかった。そうするという考えさえ浮かばなかった。銃弾は姉の隠れた柱を抉り、 そうしている間にメイも這って柱の影に逃げ込み、新型は最も大きな勝利のチャンスをみすみす見逃してしまうことになった。 だとしても、未だに危機が去っていないことには誰も口を挟む者はいないだろう。依然として新型は場に帝王として君臨している。 場をコントロールするのは彼女で、戦いに勝りつつあるのも彼女だ。それにエイプリルたちは彼女に対して致命的な攻撃が行えない。 このままだといつか磨耗し疲労した二人は、疲れることを知らぬ妹の手で、取るに足らない調度品の一つに変貌させられることになる。 剣を握り締め、そんな運命を否定し突っ返し受け入れないことを決意するエイプリル。メイに通信する。今では彼女も回復を終えていた。 軽く打ち合わせをして、通信を終える。どう頑張っても、エイプリルとメイの間にこの状況においては絶望的な差となる距離がある以上、 同時攻撃は難しいと考えざるを得ない。移動速度を落とせばそれだけ被弾率も上がるし、そんなゲームに一枚のチップを賭ける気は無い。 時間差攻撃しかないだろう。エイプリルが攻撃を受け止めさせるか受け流させるかかわさせるかして隙を作り、メイはその直後に、 無効化された新型の防御を素通りして攻撃を加える。後は、両者が息を吐かせぬ攻撃を繰り返し続ければ、新型とてただでは済むまい。 必ずや深刻なダメージを与えられる筈だ。でなければ、新しい策を考えるしかない。フェブの介入はいつになったら始まるのやら。 二人は妹への苛立ちを募らせた──彼女たちの仲間に属している妹への苛立ちを。新型が弾倉を交換しようとする。今が作戦開始の時だ。 左手に剣、右手にモーゼルを持って、エイプリルは柱から躍り出るや否や、拳銃に装填された二十発の弾丸をフルオートで撃ち切った。 一発残らずに、ほんの二秒で、完全にである。逸れた数発を除いて、殆どが妹のボディに当たり、火花を作り出して弾かれる。 右足で地面を蹴った後、姉は右肩に剣を持った腕を引き付けた。左の足で踏み込み、回転しながらライフルごと斬り捨てようとする。 妹はふいと体を反らして逃げる。大きな動きだった。それこそ、願っていたもの、願っていた動きであった。走ってきたメイが、 両足に力を込めて高く跳躍する。途中親友の肩に着地して、再度跳び出し、より高く上へと跳んだ。空中で無意味に一回転し、 新型に背を向けて着地する。首を回した妹は、メイの肩の上に乗ったショットガンの、ライフリングの無いバレルをまじまじと見つめた。 メイが引金を引く。弾かれたように妹の体は跳ねた。身を反らしたままなのがマズかったのだ。急いで立ち上がろうとする妹の胸部に、 二度目の着弾。右手に掴んでいたライフルが、下に落ちる。メイはそれを見ると飛びついた。しかしそれは、新型の巧妙大胆な罠だった。 取られる前に新型は銃身を掴み取って引き、メイの手から逃れさせる。彼女は何もない空間を抱き締めることになり、その後には、 顔面でライフル銃床を受け止める結果になった。エイプリルが止めに入る時間など無かった。今更になって、弾倉を換えた拳銃をしまい、 剣だけを持ち救出に入った。地面と縫い合わされる前に、新型は後転しライフルを手放す。それから所謂蹲踞の姿勢に近いものを取り、 サーベルをさっと抜くと頭上で横に構え、刀身の背を左手で支えた。間一髪でエイプリルの剣を押し留める。力比べは続かなかった。 姉の方では敵がパワー型であることなどとっくにお見通しの事実であったし、新型は彼女以上に自分の力を良く了承していたからだ。 エイプリルが両手で力を込める剣を、不安定な体勢から力を込めて跳ね上げる。その時の力は、エイプリルに致命傷を与えるだけの隙を、 見事に作り出した。新型は迷わず、彼女への殺意を漲らせて、次の行為を選択した。よろける彼女の腹部を横一文字に切り裂かんと、 振るわれたサーベル。エイプリルは、駄目だと思った。負ける、助からないと思った。自分は両断された後、首をもがれてしまうのだと。 白刃は新型の願ったその通りに、急速に、姉の白く扇情的な横腹を斬り進──んだりはしなかった、勿論のことではあるのだけれども。 サーベルを握る手は轟音と共に新型の方へと、彼女自身の意思を伴わずに移動した。エイプリルは剣を構え直す。新型は射手を見た。 メイがショットガンを構えて不敵に笑っている。彼女が撃った一発のスラッグ弾が、腕を弾いたのであった。嬉しそうな顔を見せる妹。 * * * 新型は嬉しかった。ぴりぴりとした、痛みのような喜びの波が広がって行くのが感じられた。彼女は姉たちに、深い感謝の念を抱いた。 サーベルを持つ手を振るい、着弾で発生した違和感を消す。機能に異常は無い。戦闘は変わらずに続行可能だ。楽しい時間が続くのだ。 彼女の親愛なる姉たちは、彼女を満足させるどころか、その先までに彼女を連れて行ってくれそうだった。不確定な未来だったけれど、 きっとそうなるだろうと新型は期待を抱いていた。メイが顔を撫で擦りながら立ち、銃を向ける。スラッグ弾は新型にとり脅威ではなく、 ましてや散弾など、ボディに白い点をつけることだって出来ないだろう。ボディには。新型は散弾こそがメイの持つ最大の脅威だと、 実に正しく認識していた。スラッグ弾は一粒弾であり、つまり着弾箇所は一箇所しか有り得ない。二箇所当たったら奇跡なのだ、それは。 人間相手なら体内で跳ね返って皮膚を突き破り、まるで二箇所に着弾したように見えることもあるだろう。新型はフィルムの中で、 一発の弾丸に五箇所を傷つけられた男を見たことがあった。しかし十二姉妹や新型は、銃弾の殆どを弾いてしまう。対抗するには大口径、 もしくは小口径高速弾でなければならない。それでさえ弾かれることもある。五十口径ライフル弾には、十二姉妹のボディと言えど、 弾くとは行かなかったが、拳銃程度のエネルギー量なら、五十口径も問題無い。現に、エイプリルやジャニアリーはミスターとの戦闘時、 彼のリボルバーで顔面を撃たれたりしたが、傷一つだってつきやしなかった。その上五十口径ライフルを弾く新型だ。スラッグ弾如き、 通常弾と変わり無く対応出来る。寧ろ怖いのは散弾で、何故怖いかと言うならば、一度に放たれる弾数にあった。九発から十二発。 直径七、八ミリの鉛弾が、それだけ発射されるのだ。恐ろしくない訳が無かった。新型は自分の体の急所を殆ど把握していた。 その中で最も狙われ易くて、的も大きく、破壊されれば死亡するより危険な状態に置かれることになる場所が、両目だ。後は明らかで、 撃たれるからといつも目を腕で庇っている訳には行かないのだ。そんなことをすれば別の危険を背負うことになる。それでは無意味だ。 だから新型は、エイプリルよりもメイを脅威に思っていた。出来れば先に片付けておきたかったのはメイの方で、長姉は後にしたかった。 それを失礼だと思う心は新型には無い。それどころか彼女は、倒す為に全力を尽くし勝つ為の方法を模索することが敬意の表現であり、 そうしないのは最悪の無礼、恥ずべき行い、よりによってそんなことをするくらいなら、自殺した方がまだ良いという考えであった。 動きを緩やかなものにした新型に、当たればただでは済みそうに無いと思わせる突きが襲い掛かる。エイプリルが狙ったのは胸だった。 ライフルを下に置いたまま、彼女は姉に応戦する。右に逸らしての反撃を試みたが、姉の順応は舌を巻くほどのものだった。新型は、 組み手が出来るだろう距離まで互いの間を狭め、メイの援護が行われないようにする。前述の理論より、彼女は油断を危険で無礼と考え、 少しでも、小さな行為によってでも、勝利の確立を目指していた。姉妹二人はそんな妹を見て、一層のこと、焦りを生じさせた。 狭めた距離で、力比べに持ち込もうとする妹。が、そんな考えるまでも無く勝敗の分かる勝負には、誰だって乗ることは有り得ない。 姉はすっと身を引いて、妹のバランスを崩そうとする。その目論見は大方成功した。新型は大き目の一歩を踏み出して体勢を保ったが、 それは殆ど、バランスが崩れたというのと変わらない意味を持っていた。エイプリルの足が動く。妹は、股間を蹴られた痛みを思い出し、 咄嗟にその場所を、剣をくるりと回し、股の間に一本のラインを作って庇った。けれど、姉の狙いはそう勘違いさせて回避行動を封じ、 別の部位を蹴り飛ばすことにあった。限界まで膝を伸ばさずに上げた脚を、これ以上は上がらないというところで、勢い良く伸ばす。 新型が胸の前で保持した剣も、保持する両手も、ガードにはならなかった。蹴られる直前に気付き、彼女は素早く手を上げようとしたが、 間に合うことではない。胸を蹴られ、後ろに倒れ込む。エイプリルは追撃出来なかった。しようとしたが、新型は倒れつつ拳銃を抜き、 数射した。それが喉、両肩、腹部の四点に命中し、彼女は動きを止めざるを得なかった。代わりにメイが起き上がろうとする妹を、 二度と起き上がれないように痛めつけようとして動く。危うく彼女は串刺しにされるところだった。エイプリルが叫ばなければ、 恐らくそうなっていただろう。それは綿密に計画された作戦ではなかった。蹴られ、倒れ、姉の追撃を食い止め、もう一人の姉が来た時、 閃光のように現れた考えだった。だから様々な点で無計画な行動にありがちな、次の行動を予測させかねないものがあったし、 実際エイプリルが妹の考えに気付いたのはそれが理由だったのだが、制止した姉も、制止された姉も、自分たちが不注意だったと知った。 彼女たち二人は、自分の妹がその場その場の行動を好まず、頭の中でシミュレートし、比較的綿密な思考の下に選択することを好むと、 勝手に決め付けていた。彼女が無駄の無い戦闘行動を取るのが勘違いの原因だったけれど、それも彼女の経歴からすると当たり前なのだ。 何しろ、二人の知るところではなかったけれども、妹は新型機開発チームの作った全ての姉妹を葬り残った、唯一の存在だったのだから。 対アンドロイド戦なら得意なものである。どれくらいの無茶が自分に許され、どれくらいの力が自分にあり、どれくらいのことが可能か、 彼女はしっかりその頭に叩き込まれ、体にはより叩き込まれているのだ。姉たちは妹の過去を知らなかったが、力を再評価し始めていた。 * * * 戦い始めて少ししてから気付いたのだが、彼女、私が今、銃弾や剣や拳を交えている、悪夢が実体化したような褐色の妹は、 髪形を変え、彼女なりのお洒落をその銀髪にも施してから戦いに臨んだようだった。嬉々として死にたがり死なせたがる彼女、妹は、 自分の髪を自分で切ることが出来るほどには器用そうに見えないので、あの信じられない忠節さを持った不幸かつ幸福でもある少女が、 大いに苦労しつつ切ったのだろう。凡そ髪の毛を切るのには使わない筈の道具を使って、必死で髪型を整える年末型の姿が脳裏に浮かぶ。 ……新型は調子良く、私たちを追い詰めようとしていた。それを危うくも未然に防いでいるのは、一つは私たちの持つ戦闘経験であり、 もう一つは互いの存在だった。私が倒れれば、彼女はお終いだ。彼女が倒れれば、私はお終いだ。言わば我々は運命を共にしているのだ。 それに十二姉妹隊の一員として、偉大な母の栄えある姉妹の長姉として、仲間を死なせる気は微塵とて無かったし、それを除いたって、 私とメイは親友同士だった。どんな世界に親友のことを見捨てる者があるものだろうか。見捨てたならば、それは親友ではなかったのだ。 反論は多くあるだろうし、多少の無理があることは私も先刻承知している。しかしそれでも私は、固く、そうであると信じている。 それに、二人でなら凌げる攻撃も、一人であったならば戦闘を終える決め手になっただろうと思わせる攻撃が多くあったことは、 何の恥ずかしさも無く認めることが出来る。妹は強い。さっきも彼女自身にそう言ったが、彼女は間違い無く、私よりも強いのだ。 例を挙げるなら、メイが乱入して来た時。あれは事前に計画された乱入だったが、もしメイがあの場にいなければ、既に戦いは終わって、 妹は私の首を斬り、楽しげに嬉しげに、私の首に話し掛けていただろう。でも、あそこにはメイがいた。メイがいて、私を助けたのだ。 私も強いことは、誰もが認めるだろう。だが我々よりも強い者があることも、誰もが認めるだろう。それが私たちの相手にしている敵だ。 ただ彼女が私と違うのは、私には隣に立って戦う戦友があり、彼女には自身の縛りによって一人の従者を除き共に戦う相手はおらず、 主君は従者と共に戦わないことを、この戦いにおいては選んでいたのだった。それは大きな差だ。妹の命を救うのは、原則妹しかいない。 だけれどもメイはしばしば私の命を救ったし、言う必要を全然感じないことではあるが、私も同じくらいしょっちゅう彼女の命を救った。 二人でお互いの命を同時に救うこともあった。私たちはお互いの為に動き、それを理由に、全く臆すことなく戦えたのだ。今も、過去も。 銀のワルサーを左手に握り、拾い上げたライフルを右手に、これまで通り持つ妹。距離を取っての射撃戦に移行しようとしている。 そんな真似を許してはおけない。彼女とまともに戦って勝つ気なら、射撃戦だけは止めておくのが賢明だ。あちらには攻撃は無意味で、 こちらばかりが消耗し損耗し傷ついていく。我々から見て、最悪の状況になってしまう。と、ここで彼女の銃口に向かえば死ぬだけだ。 私たちは、彼女が銃を構えようとした時には、遮蔽物、穴の増えた柱の後ろに回りこんでいた。これで射撃戦には持ち込めないだろう。 そう思っていたが、我々は甘かったらしい。妹は銃を構えたまま動かなかった。ライフルはメイのいる方を狙い、拳銃は私の方を狙う。 飛び出せば迅速な死を与えてくれることだろう。彼女は待ち構えているのだ。私の姿、メイの姿を。こんな分かり切った狙いに、 態々飛び込んでやる奴があるだろうか。いや、きっと無い。あったとしたって死にたがりくらいのもので、私たちはそうではなかった。 何か新しい手段を講じて、何とかするしかあるまい。何としても射撃戦だけは防がないと。新型のライフルの残弾が少ないようなのが、 私たちにとって救いだった。多ければ柱を抉って貫通してやろうと、妹は連射を繰り返した筈だ。そうしないのは弾が少ないからなのだ。 手榴弾などの爆発物があれば、と私は思った。勿論のことながら、この時の私には、その求める爆発物がたっぷりとあったのである。 設置型爆薬もあった。手榴弾も選り取り見取りとは行かないにしても、数は揃っていた。前者は罠作りに多少使ったことを認めるが、 新型を破壊するのに残った爆薬では足りないということは無さそうな量が、私の支配下にあった。爆発物での状況打開を試みることを、 メイに通信で知らせる。彼女も私同様、手榴弾や設置型爆薬の類を所持している。今のところ我々の持っている実行可能手段の中で、 それが文句無しの最高の手段だったので、メイは反対意見を差し挟まなかった。私は彼女と更に話し合って、どういう風に攻撃を始め、 展開し、出来れば終わらせるかを決定した。その間ずっと、新型は銃を向けたまま、私たちが姿を現すのを待っていた。忍耐強いことだ。 慎重なのかもしれない。今までの彼女の戦い振りから見るとそう思えないが、姉妹を相手にしているが故に、必要以上の慎重さを以って、 ことに当たっているという可能性も無視出来るほど小さなものではない。そこが付け込む隙になれば万々歳というものなのであるが、 彼女はそうさせないだろう。私たちは精々、彼女の警戒心が生んだ無駄な時間を、作戦の立案やフェブのハッキングに使う時間として、 活用しただけに過ぎなかった。メイの提案……と言ってもお互いに同じ考えを持っていて、単にメイが先に言っただけだったのだが、 兎に角彼女の提案で、我々は妹が次に新たなアクションを起こすまでこうして隠れていようと決めた。新しい行動が起こったとしてさえ、 私たちの行動開始は新型の選択がどう考えても切羽詰った危機を引き起こすものでない限りは、私の言葉によって発生するものとされた。 この決定は親友の誇りを些か傷つけたが、そうすることが作戦の成否に深く関わる以上、他の選択は思考余地無しの愚策だったのだから、 彼女にはいずれ埋め合わせをと言うところで、我慢願うとしよう。心配はしなかった。私の親友は理解してくれると信じていたからだ。 それにしてもフェブが何をやっているのか、私には皆目不可解なことだった。ハッキングに失敗して、脳を焼き切られたのでもなければ、 いい加減侵入に成功していたって一向におかしくない筈なのだ。私は専門家でも知ったかぶりでもないので口出しするような真似や、 意見を大っぴらに述べたりはしないが、繰り返し言おう。それにしても、フェブは遅い。そろそろ直接通信で確かめるべきだろうと思う。 進捗状況と、ハッキングの可、不可を。無理だと言われれば、我々十二姉妹は現在行動可能な全姉妹で新型に引導を渡そうとしなければ、 敗北に追い込まれることになるだろう。癪に障るかどうかの問いに障らないと答えれば嘘になるが、ジュライの手を借りられたなら、 援軍が彼女一人だけでも、戦局は一挙に傾くだろう。ただ出来るなら、ジュライには一指たりともこの決戦に触れさせたくはなかった。 私はジュライのことを常日頃から持て余して来たが、このクーロン攻防戦の間に、かつてからお互いの間に存在してきた一つのしこりが、 決定的に致命的な、見逃しようの無いものになってしまったからだった。残念ながら私は、ジュライを裏切り者として告発した上で、 処刑なり追放なりの判決を下すことが出来ない──実に残念ながら! だが、このまま有耶無耶にしてしまって危険を残しておくのは、 何としても阻止しなければならない未来である。彼女には後で懲罰が与えられるだろう。そうして、その懲罰が隊と私に有益であるよう、 ジュライが今後当分の間は大きな顔をして傲岸不遜な態度を取れないよう、決して新型の撃破に彼女は必要とされなかったのだと、 言わずとも結果が語るように仕向けなければならない。率直に言うなら、これらを行うのは溜息も出ないほど気の重い仕事になるだろう。 でも、私はやらなくてはならなかった。隊を纏め、規律を行き渡らせ、この戦争に勝利する為に。私はそうしなければならなかったのだ。 * * * ハンスは運良く手に入れられた無線機をずっと弄り続けていた。周りには親しい姉妹兵が大勢いたし、知り合った軽傷の元敵兵たちも、 コヨーテも同じくらい大勢いた。しかも元敵兵たちから教わって、彼らの私物や厨房から、酒や煙草にその他嗜好品類諸々を、 この救護所へと持ち込み、全員で楽しんでいた。ハンスがその中に混じっていないのは、相変わらず彼が不安に身を苦しめられて、 話していても上の空、話していなければ勝手にまた隅に戻ってしまう、という状態だからだった。だが姉妹兵には彼の気持ちも分かる。 だから、彼は一人で気が済む時が来るのを恐れながらも待ち続けていた。手に入れた嗜好品を何処からか調達して来た大きな籠に入れて、 仲間たちが行商の真似事をしに行くのを眺めもせず、主に戦死者の荷物から頂いた金やチョコレートなどを分け合うコヨーテを見ず、 ただただ目前の雑音しか垂れ流さない無線機に意識を傾けるのである。一人の若いコヨーテが文句を言った。彼は別の救護所に送られた。 当然のことだが、ハンスは自分のやっていることが姉妹兵としては余り自慢出来ることではないということに、疑いを持っていなかった。 他の兵士たちはそこまで気にしていないのを見るにつけ、それを身に染みて理解する。彼らは信じ切っているのだろうかと、考えた。 ジャニアリーを筆頭とした前線組の姉妹たちは、損耗率も高い。首から上だけで帰って来ることもあるほどなのだから、尋常ではない。 それでも彼女たちは帰って来るのだ。であるならば、今回も帰って来て然るべきだ。そう考えては見るものの、ハンスにはその考えを、 丸っきりそのまま信じ込むことは難しく無理なことだった。故に彼は無線機を弄るのだ。もしかしたら彼女に繋がるかもしれないと願い、 艦に繋げればいいものを、どうなっているか積極的に知ろうとするのが恐ろしく感じる、この最も臆病な北部戦線の立役者の一人は。 その彼の肝の小ささが結局は彼の安楽を遠ざけ、彼の隊長の不明確な現在に関する恐れを増大させたのであるから、哀れなものだった。 だがもし、神とかそういった種類の存在があるのなら、それは彼の哀れさと焦心、傷心、小心に情けを掛けたのに違いないだろう。 長い間雑音のみを辺りに撒き散らして来た無線機が、突然人の声をその中に交じらせるようになった。ハンスは驚き、まさかと思った。 そしてそれは正真正銘、まさかだったのである。不明瞭だった。聞き取れないところも多かった。何を話しているかも分からなかった。 だけれども、その声はもう一度聞きたかったあの声で、ハンスは無線機の送信ボタンを押すのも忘れて、一声、彼女の名前を呼んだ。 周りの兵士たちが彼を見る。最初、とうとう彼がどうかしてしまったんじゃないかと言っていた兵たちは、無線機の音量が大きくなり、 ジャニアリーの声が聞こえ渡るや否や、歓声を上げた。コヨーテや粛清部隊兵は一体何事かと戸惑ったけれど、偉大な姉妹の一人が、 生きているということだけで、姉妹兵兵の頭からは傷に響くだの喉を撃たれただのというどうでもいいことは忘れ去られていたのである。 誰かが飛んで行って、無線機の近くに陣取ると、それまでトランプやチェスに興じていた暇人たちが集まり始めた。中には粛清部隊兵や、 コヨーテもいた。彼らは未だ理解し難い十二姉妹隊の兵士たちを少しでも理解しようと努めている、言うなれば勉強熱心な人々だった。 彼らの中には、死ぬまで分からなかった人間もいただろう。それくらいに異常な熱狂だった。元は情報伝達の異常のせいだったのだが。 フェブが遅くともギルドスカイに搭乗したジャニアリーとの交信を開始した時点で、兵士の一、二人にジャニアリーの状態を知らせれば、 さざなみのように話は伝わり、ハンスは無線機など置いて仲間の輪に加わったことだろう。どれもこれも、情報伝達の異常が原因だった。 しかしそれも、大したことのない下らない笑い話の一つ、時々仲間と話す黴の生えたような昔話に過ぎなくなる時が来たのだ。 誰も栄誉を彼から奪おうとはしなかった。ジャニアリーに最初に話しかけ、最初に声を返して貰うという喜びを、奪おうとはしなかった。 もし誰かが奪おうとしていれば即座に、まずはハンスの一撃を、その次に彼の友人たちの痛烈な一撃を身に受けることになっただろう。 無線機のチャンネルを調整して、はっきりと聞こえるようにする。姉妹同士が話すのに、どうして彼女らの専用回線を使わないのか、 どの兵にも分からなかった。でもそれが彼らと彼女を繋いだのだ。疑問にはならなかった。何か訳があるのだろうとしか思わなかったが、 訳は大きなものではなく、頭に響く直通専用回線の使用をジャニアリーが嫌がり始めたから、というのが通常回線使用の理由だった。 ハンスの感極まった声を聞いたジャニアリーは、驚きはしなかったものの、何故こんなに感動しているのか理解出来ずに、 どう答えを返せばいいものか迷うばかりである。フェブが彼の名前を口にして助け舟を出したが、ハンスのことは知らない訳が無かった。 自分の隊員を知らない姉妹なんて、一人だっていないだろう。それどころか、彼女らは自分以外の隊の兵士まで、しっかりと覚えている。 やっと何と言うべきか心に決めた隊長は、眠気を吹き飛ばす新たな話し相手が見つかったことに安堵しながら、彼の体を気遣った。 彼女と話すまでの意気消沈と無気力さは何処に飛んでいったものやら、己の格好悪さを隠そうと嘘まで吐いて問題無しと報告するハンス。 そこで会話が成立したので、最早誰も待たなかった。無線機に人が殺到する。口々に姉妹と話そう、隊長と話そうとする姉妹兵たち。 フェブは男たちの嬉しそうな声と、同じく嬉しそうな姉の声を聞きながら、くすりと笑った。ハッキング作業に、分散していた力を注ぐ。 * * * ジュライはエイプリルの命令を素直に受け入れたが、心中で彼女の行動を批判することまでは止めていなかった。彼女は時折傍らの、 副官の如く振舞うジューンに、部下たちに聞かれないように通信でそのことを口にした。両者の確執、というか溝はとても深いらしい。 そう思って、苦笑する。心配は無かった。ジュライは私と共に来ると決めたのだから大丈夫だと、ジューンは確信し、信頼していた。 ──勝てる訳がありません。御伽噺でもなければ……そしてこれは。 さっき言ったのと同じことを繰り返し言う臨時指揮官に、手をかざして言葉を抑え込む。ジュライは眉を上げたが、悪い気はしなかった。 御伽噺ではない、という言葉の代わりに、何が次に来るのか、親友は落ち着いて待った。相手の口下手は知っていたし、苦痛ではない。 長く待たされるかもしれないとの考えは裏切られ、ジュライの予想以上に早くジューンは言葉を発した。発したと言っても通信だが。 ──大丈夫だ。 姉妹以外の誰にも隠そうとし、それが失敗しているのを自身も良く良く知っていたが、ジューンは可愛いものが心の底から大好きだった。 その延長線上にあったのと、年末三人組の世話に使ったのもあり、彼女は童話、御伽噺の類も、外見などにそぐわず、大好きだった。 古典から、最近の新しい名作まで。彼女は妹たちの為に読み、彼女自身の為に読んだ。可愛らしいキャラクターが繰り広げる様々な話。 可愛いもの好きとしてその名を一部に響かせる彼女だ。心を奪われない訳が無かった。妹たちが飽きても、本はジューンの部屋にあった。 だからこそ彼女は、己の韜晦の失敗を知っているように、ジュライの言葉が半分は正しく、半分は間違っていることを、知っていた。 そう、確かに御伽噺の中だけだ。あれに二人で勝てるなんてことは、御伽噺の中でだけ許されることなのだ。有り得る筈が無いことだ。 けれど、これはそもそもが御伽噺であった。ギルドにただの一隊が戦争を仕掛けるなどというのは、それ自体が御伽噺と呼ばれるだけの、 明確な異常性を持ち合わせていた。彼ら彼女らに挑んだ時点で、彼女たちは御伽噺の世界に足を踏み入れていたのである。言うなれば、 悪とベクトルの違う悪の、薄汚いゴキブリとどんなに汚れようとも誇り高い鼠との、打倒される立場のものと打倒する立場のものの、 血と硝煙を大量排出しながら紡がれ吟じられる、絵空事に等しい、最も新しく、最も誇り高く、最も可愛らしくなく、最も反社会的な、 作り手歌い手数千に満たない現在進行中の御伽噺であり、英雄譚であり、叙事詩だった。であるからにはそれらの愛読者ジューンは、 あの二人が負けることなく帰って来ると信じて止まなかった。いや、信じる信じないということさえ、その時の彼女には無かった。 彼女にとってそれは当然だったのだ。そうなること以外何があるというのだろう。一切の心配や不安は、ジューンの胸中には存在しない。 何故なら、御伽噺はいつだって、高らかに叫ばれる『めでたし、めでたし』の一言で、その壮大な物語の幕を下ろすものだからだった。 ジュライには分からないだろうなと、ジューンは思った。それでもいいとも思った。表情を伺うと、案の定納得行かない顔をしている。 二度目の苦笑を漏らした。そろそろ指揮に戻った方がいいのではと伝える。無駄話は止めようと意見が一致し、二人は指揮に身を入れた。 指揮と言っても、戦闘が終了したと言ってもいいこの状況では、指図することは少ない。報告を聞き、頷くか了解の言葉を返すだけだ。 彼女たちの思念は、専ら姉二人に向けられていた。新型と対峙する二人。ジュライは刀を抜いてすぐにでも駆けつけ戦いたかったが、 それが贖罪になるとは思えなかったし、贖う為だけに何かするというのは無意味で、何らかの行為が結果的に贖いになる、というのが、 贖罪という行為の本来的な形ではないだろうかと考え、今は命じられた任務だけを果たすことにする。それでも彼女は、声が掛かったら、 即座に艦を飛び出る準備を済ませていた。身軽な自分の装備に数度目の感謝を捧げる。刀一振りでいいのだから、ありがたいことだった。 兵士が一人、彼の担当する機器を操作しながら報告を始める。仕事がやって来たのだ。ジューンの顔が仕事の時の、厳しい顔になる。 「救急ヘリ到着。衛生兵の交代と負傷者搬送、ヘリへの燃料補給を開始します。完全な終了は十四分後」 「衛生兵班の班長に通信は繋がりますか?」 彼は繋げますと請合って、操作を続けた。一言二言通信先に喋ってから、ジュライに親指を立てる。彼女は首を縦に振って、話し出した。 「状況を説明して下さい」 『了解で……マーチン、そいつは軽傷だ。他をやれ。我々はとんでもない被害を受けています。分かってはいましたが。 死者は思いの外少なかったものの、重軽傷者が大量にいます。当分、十二姉妹隊は部隊としての機能を十分に果たせないでしょう。 医療品は足りていますが、人員不足ですね。我々の衛生兵やコヨーテの医者、敵の衛生兵まで活用していますが、てんで不足です。 あ、おい、そいつは死んで──この馬鹿野郎! 丁重に扱え、彼は我々の仲間だぞ!』 声を荒げた彼は、暫くその馬鹿野郎を罵り続けたので、繋げた兵士は気を利かせて音量を下げた。聞くに堪えない罵詈雑言が終了し、 真っ当な言葉を喋ることが可能になった衛生兵に、ジュライは更に話しかける。大体のことは分かったので、次は何が必要かの話だった。 報告書などの為に、気が進まなかったが、死者数と重軽傷者の数を尋ねる。衛生兵は後者の質問を後回しにして、必要なものを答えた。 『これまでと変わらず、医療品に水、そして新しい人員です。衛生兵が足りないことは分かっていますが、どうかお願いします。 死者数は、今までには二十八名、いや、先程新たに一名加わり二十九名です。予測ですが、姉妹隊の総死者数は四十名ほどかと。 重軽傷者は我が隊の殆ど全員です、ジュライ様。辺りを見回して頂ければ、恐らくは御理解して貰えることと思いますが』 ジュライは見回さなかった。そんなことをしなくても、この艦橋で働く兵士たちが何処かしらに怪我をしていることは知っていたからだ。 『私のヘリが飛べるようになったようです。より詳細な報告の必要がお有りでしたら、部下を一名向かわせますが、どうしますか?』 考え、来させなくてもいいと命ずる。今はそこまで報告書に拘る必要性が無い。それより命だ。人の命を優先する方が正しいだろう。 心情的にも、理屈としても、そちらの方が戦争遂行にプラスに働く。衛生兵は、声だけは引き締まった了解の言を発して、通信を切った。 「もっと、もっと沢山の衛生兵を送らなくてはなりませんわ。今の状態では、ヘリで運べない重傷者に死ねと言っているようなものです」 「だがそうするとこちらの艦の手が足りなくなる。こちらにも危篤状態の、衛生兵を待つ負傷者たちが大勢いるぞ。そちらはどうする」 「……ジューン、ニルソン様は?」
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七曜姉妹 七人の、それぞれ役割を振り分けられたアンドロイドによって構成される。 七曜姉妹の特色は、死亡しても、死亡時点の記録を、 情報集積コンピュータ、もしくは死亡していない他の姉妹に、 転送するというところにある。それにより死亡した姉妹は、 専用の設備によって、記憶を引き継いで復活することが可能である。 また、ロマノフ・ギルドは七曜姉妹を統率する、より高位の指揮官型アンドロイドを開発しているというが、定かではない。 サンディ 指揮官型。武装はスチェッキン全自動拳銃、二挺。 マンディ 電子情報戦型。武装はAK74突撃銃。 マーズ 防御型。武装はAK105突撃銃。AK74と弾薬が共通。 メルクリウス 接近戦型。武装はギルド兵と同じ突撃銃に、 消音グレネードランチャーと、消音器をつけたもの。 AK74突撃銃と弾倉が共通。 ユピテル 支援型。武装はRPK74軽機関銃。AK74と弾倉が共通。 ヴェヌス 爆発物型。武装はAK74M突撃銃。 AK74を折り畳み銃床にし、木製部品を樹脂に置き変えたもの。 プルート 狙撃型。武装はドラグノフ狙撃銃。 設定画 (画像をクリックで拡大化) 高位指揮官型(ネタバレ注意)
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新型は焦燥を感じ始めつつあった。いつまで待てばいいのか、分からないからだ。今更こちらから仕掛けるのも、という気もあった。 柱の向こうには姉たちがいる。自分は彼女たちを殺そうとしている。彼女たちも自分を殺そうと試みている筈だ。では、これは何だろう? 首を捻る。柱の向こう側に想いを馳せてはみても、行動を起こさない限りは何にもならない。どうしたらいいものだろうか、迷う。 それに、彼女もそろそろ腕が疲れて来ていた。アンドロイドは人間より力も耐久もあるけれど、人工筋肉は筋肉と同じように疲労する。 だからいずれは、痺れや震えが発生し、戦闘にも支障をきたすことになる。新型としては、早くぶっ放して動き回って戦いたかった。 背中に刺さる妹の目が耐え切れないほど鋭く痛かったのもその思いに拍車を掛けた。新型は彼女に手出しするなと命じたので不干渉だが、 それだからこそ痛かった。戦闘中だと己に言い聞かせると、少し気が楽になる。それで、本当にこの状況をどうしたらいいか考えてみた。 差し当たり、飛んで跳ねて大砲をぶっ放す大戦闘をこちらから仕掛けるのは問題だろう。あちらから仕掛けて来るようにしなければ。 なので、新型は取り敢えず拳銃とライフルを弾切れになるまで撃ち込んでみた。彼女たちが作戦立案や時間稼ぎをしているのなら、 これでそれ以上の時間は与えられないと気付くだろうと思ってのことだった。だがエイプリルは積極的に仕掛けて来ない妹の思考を読み、 血気に逸るメイを抑制した。果たして、エイプリルの思った通り、妹は困った様子で銃を構えたまま、動かないで止まっていた。 ──何だよ、脅しか? メイが怪訝な行動に納得出来る理由を付随させようとする。長姉は首を振った。脅しに抑える理由が見つからなかった。これは戦闘だ。 それも、個人単位の戦闘。そんな戦闘に脅しなんて必要の無いことだ。部隊単位の戦闘なら、はったりや嘘で戦わず勝つのも可能だ。が、 今はそもそも単位が違う上、相手が悪い。単なる人間なら有効さもまだあるかもしれないけれど、戦っているのは十二姉妹とその妹で、 彼女たちが脅しなどに気を取られる訳が無かった。バツの悪い顔できっと弾倉を交換しようとしていることだろうとエイプリルは予想し、 姉の予想は見事に的中していた。ちらりと顔を出して覗いてみると、妹から投げ渡された弾倉をライフルに装着しているところで、 その為に拳銃をホルスターに戻していた。今こそがやる時だと訴えるメイだが、エイプリルは尚も抑止する。まだ、引き伸ばせるのだ。 一秒でも引き伸ばし、フェブラリーのハッキングの完遂を待つのが必勝の方法だと決めたからには、多少のチャンスを見逃すしかない。 ──なあ、あの忌々しい妹のエモノは何だ。あいつの武器は? あいつの力は何だと思う? 十二姉妹に対抗する為の力は? 次の行動に備えていると、メイがそう尋ねた。今になって何かと訝しみながら、長姉はバレットライフルと二挺のワルサーだと答える。 彼女は頷き、その通りだと言った。エイプリルはますます、親友が何を考えているのか分からなくなって来た。メイの新たな言葉を待つ。 ──エイプリル、最新型のエモノはバレットだ。バレットなんだ。あれがアタシたちにとっての脅威の八割方を占めてる。逆に言えば…… 言葉を遮って、メイの言いたいことを端的に別の表現と言葉を使って言い表す。彼女は首を振って、正しい把握が為されていると認める。 彼女はつまりは、あのバレットを封じてしまえば脅威は格段に下がると言っているのだ。でも、それは言われなくたって分かっていた。 あれさえなければとっくに勝負に出ていたっていいくらいの脅威なのだ。こうしてフェブのハッキングを待たずとも、いいというほどの。 それに、封じると言ってもどうやって封じるつもりかさっぱり案が無かった。バレットを使えなくするには、幾つかの方法がある。 一つは銃自体の破壊。これは場所によっては無意味にもなるが、銃身、機関部が主たる目標になる。もう一つは射手の指を破壊すること。 左右の人差し指と中指を切り落とすか、何らかの方法で消滅させられれば、彼女はバレットを使えないか、使い難くなるだろう。 他にも奪い取る等色々な方法があることはあったが、どれも現実的ではない。案とは呼べない、デメリットが大き過ぎる策ばかりだ。 ──やらなくちゃ、やられる。いつまでフェブを待つんだ? アタシは、フェブと話し、内容如何で攻撃に移るべきだと思うけどね。 エイプリルは、額を汗が流れたことに、それが顎に到達してから気付いた。メイの言うことは尤もに思えたが、安全策ではないと考える。 自分たちは無力ではないにしろ、不利な状況にあるのだということを彼女に説明すると、彼女は僅かな間黙ってから、訊くように言った。 ──分かってるか? それがもう既に、イニシアティブを奪われてる側の考え方だって。アタシに協力してくんないかな、エイプリル? 軽い口調だが、彼女が覚悟を決めて、戦うつもりでいるのはエイプリルにも感じ取れていた。長姉の一言で、彼女は喜んで死ぬだろう。 言うまでも無く無駄に死ぬ気は無いのだろうが、それを要する状況下において、メイが迷わないことをエイプリルは良く知っていた。 目を閉じる。フェブに回線を開く。彼女が応答するのに時間が掛かったことから、ハッキング作業は継続中なのだろうと判断する。 ──ハッキングの進捗状況を報告なさい、フェブラリー。 ──新型に気付かれないよう慎重に介入中で……もうちょっと時間が掛かっちゃいますわ、思ったよりも防壁が入り組んでて。 了解の言葉を返して、通信を切る。彼女の『もうちょっと』が実際にはどれくらいの長さになることか、分かったものではなかった。 やるしかないのだろうか。別の方法を模索するが、見つからない。そんなものがあれば、とっくに見つかっていたことだろう。 肩の重いエイプリルは溜息を吐きたかったが、それは後に取っておいた。今は妹の始末に全力を傾けなければいけない時なのだから。 拳銃の弾倉を確認し始めたエイプリルを見てメイはにやっと笑い、分かってたよと言わんばかりの顔でショットガンに弾を込め始めた。 スラッグ弾とダブルオーバックを混ぜて装填する。柱の向こう側の妹が、身構えるのが分かった。音を聞きつけたに違いなかった。 音を立てないようにすれば良かったと後悔したけれど、遅い。妹は完璧にこちらの魂胆を悟ってしまった。とすれば、顔をただ出せば、 途端に五十口径弾で顔面を抉られることが予想出来た。何か手段はあるだろうか。ある。出番がようやく来た爆発物たちを取り出す。 柄付手榴弾、オーガストの愛用するポテトマッシャーだ。側面には羽とハートマークもちゃんと描いてある。オーガストの部隊では、 何も描いてない柄付手榴弾をオーガストのところに持って行って、直々に隊員名入りで描いて貰うのが流行っているそうだという話を、 彼女の姉は不意に思い出した。余りにも多くの手榴弾が持って来られるので、オーガストは真剣に自隊の褒賞として制定しようと、 エイプリルに話を持ち掛けて来たことさえあった。部隊員たちのたっての願いにより褒賞扱いになるのはすんでのところで避けられたが、 以後オーガストのところに持ち込まれて来る手榴弾は、一定の数を決して超えないようになったというそうだ。三本を片手に持って、 一気に紐を全部引き抜く。信管は五秒。投げ返される危険を防ぐ為に、三秒待つことにする。一秒半で到達し、逃げる前に半秒が経過だ。 メイも同じ手榴弾だった。エイプリルはタイミングをほんの少しだけずらして投擲することにして、メイに先に投げるように言う。 親友は頷いて、両手に持った二本の手榴弾を後方に放り投げた。すぐにエイプリルも、手に持った手榴弾を新型の顔面狙って投げつけた。 お互いに手を引っ込めて、爆発音を耳にする。数は五。全部だ。飛び出す。手榴弾の爆発した時に特有の青い煙が辺りに広がっている。 二人は二人の視野が最高になるように体の向きを整えた。新型はあれでどうにかなる相手ではないのだから、何処かに逃げたに違いない。 先に見つけたのは左のメイだった。手榴弾の煙を吸ってむせていた妹に殴り掛かる。妹は辛うじて右の大振りな一撃を左手の下膊で防ぎ、 バレットを手放すと右拳をメイの腹に向けて放った。彼女の脳裏に苦い記憶が甦る。二度とあんな目に遭う気には、ならなかった。 「二度も同じ手を食らうか!」 反時計周りに身を捻って、拳をかわす。新型は落ちたライフルを右の足先で蹴り上げ、互いの間に差し入れた。邪魔になって追撃出来ず、 メイは舌打ちする。イニシアティブ奪還ならず、だった。一つ二つ、小さく咳をし、ライフルを持ち直しながら新型は笑って言う。 「上手いことを言いますわね、お姉様?」 妹は笑っていたが、メイとしては全然面白くも何とも無いことだった。彼女は右に目を動かす。新型の気がそちらに向く。ちゃちな手だ。 通用するとは思わなかったが、ここでまた柱の後ろに舞い戻る気にもならない。メイが右フックを放つ。妹は余裕を持って対応出来たが、 エイプリルが剣を抜き参戦すると、二人の緊密な連携と連続攻撃に押され気味になった。メイの手刀と長姉の剣を、ライフルで受ける。 押し返しても、致命的な隙にはならない。エイプリルが狙えそうならメイが危険な位置にいるし、メイが狙えそうならエイプリルがいる。 一転して追い込まれそうになっている新型が感心するほど、二人の動きは手馴れていて、洗練されたものであり、美しささえもあった。 後方に跳び退りながら拳銃を向け、発砲する。メイとエイプリルは腕を使って弾丸を弾き、追撃した。ホルスターに拳銃を戻していては、 対応が間に合わないと悟った新型は、拳銃を相棒に投げつけた。余り勢いが強過ぎて、相棒は受け取り損ね、顔面で拳銃をキャッチする。 それでも地に落とさず保持したまま後方へ倒れこむのは、彼女の忠誠の表れと見てもいいだろう。新型は空いた手でサーベルの柄を掴む。 彼女はそれを鞘から引き抜きながら、追撃の為に走り寄って来る姉たちに向かい、突撃した。引き抜く勢いでメイ目掛け一閃させる。 甲高い金属音が鳴って火花が散り、彼女は初撃の失敗を知る。空いた左手で逆手持ちをしたサーベルは、標的の首を上空へ舞わせる前に、 その眼前に突き出されたエイプリルの剣と接触した。サーベルは標的を一撫ですることも無く剣の刃上を滑り、新型は体の均衡を崩し、 前へと倒れ込む。慌てて、サンドヴィルの二の舞になるところだったメイは距離を取った。妹はさっと立ち上がり、サーベルを構え直す。 エイプリルが剣を保持しない方の手に持っていたルガーを、ホルスターに戻した。新型には彼女が何を考えているか、殆ど理解出来た。 ライフルを倒れたままの相棒に投げる。彼女の頭上を素通りしていくかと思われた銃は、しかしそこで案外に強靭な両手により掴まれた。 二人は対峙し合う。メイはショットガンを携え、エイプリルの横に立つ。真面目な顔になっていた新型が、にんまりと笑った。 * * * 衛生兵が足りない由々しき事態をどうにかこうにか乗り切って行く為には、俺のような一般の兵士も使うしかなかったというのは分かる。 疲れてたって、多少の怪我をしていたとしたって、作業に支障が出るものでないのなら働かなければならないというのも、俺は認める。 何しろ仲間の命が掛かっているのだ。辛いのは彼らも一緒で、我々は仲間なのだから、その苦労は分かち合われなければならないだろう。 喜びは二倍に、苦しみは半分にとは言わないにしろ、それくらいはやってしかるべきだ。だから声が掛かった時、俺は素直に手伝った。 でも、これだけは、俺の意地に賭けて言わせて貰おう。そうしないと気が済まない。一分休憩の衛生兵たちに運ぶコーヒーを作れだと? ふざけんなと思った。休憩しないと働けなくなる状態なのは誰しも同じだ。だが今、休憩なんてしてられるのか。おまけにコーヒー? 厨房の位置を教えて貰ったが、そんなことはどうでも良かった。そんなもの飲んでる暇があるなら働いた方がいいような気がするものだ。 それでも仕事は仕事だし、何でも手伝うと言ってしまった手前、俺はコーヒー淹れだろうと何だろうとやらなければいけないのである。 こんなことなら適当にでっちあげてベッドに入ってれば良かったかも、などと思うが、きっとこのコーヒーの一杯が集中力を回復させ、 衛生兵たちがより一生懸命に働くようになるのだと言い聞かせて、厨房に向かった。この状況下で厨房に行って飲み物を、と考えるのは、 俺に命じた奴か、余程喉の乾いた輩だけだろう。俺だったらコーヒー飲ませようなんて考えない。水飲んでてくれって思ってる、多分。 そんな訳で、俺は厨房まで来た。それはいい。位置を教えて貰ったのだし、辿り着けない理由が無い。迷ったらそれは姉妹兵失格だ。 ええい、今ここで俺が問題にしたいのはそんなことではないのだ。問題なのは、どうやら余程喉の渇いた輩が一人いたということなのだ。 その彼は無傷で、水筒幾つかにコーヒーやジュースを移している。仲間にも持って帰るらしい。顔が見えるくらい近づいても気付かない。 疲れのせいかな。見たことの無い顔なので、姉妹兵ではない。コヨーテっぽい雰囲気だから、コヨーテかもしれないな。そうなのだろう。 別に彼をこんな時にジュースやコーヒーを飲もうとするなんて、と言って軽蔑する気は起こらなかったし、俺はコヨーテが嫌いじゃない。 寧ろ気に入っている方だ。姉妹兵の誰もと同じように、ミスターたちに関する評価だけは彼らのものとは百八十度違っているけれども。 故に声を掛けるのに抵抗は無かった。俺は朗らかに聞こえるように努力したつもりだ。だけど彼は驚き、水筒を数本調理台から落とした。 びっくりした目つきには俺の方が驚いたと言っても恥ずかしいことではないだろう。彼は目を剥いて驚いていたのだ。俺は水筒を拾い、 彼に渡した。彼は戸惑いのようにも受け取れる様子を見せながら、それらを受け取った。コヨーテかどうかの疑問を解消する為に尋ねる。 「コヨーテかい?」 実のところを言えばもう分かっているのだから、無意味な質問ではあるだろう。ほら、彼は頷いた。俺の予想は見事的中していたのだ。 コヨーテらしく、彼は薄着だった。寒いんじゃないかな、と思わせるくらい薄着だった。ぎこちない手つきで、飲み物を移していく。 見ていても別に面白くは無い。自分の仕事を済ませよう。そう思って彼の後ろを通り、自分の仕事場に行こうとして、ふと考えた。 考えたのは彼のうなじが原因だった。誰が好き好んで野郎のうなじを見るだろうか。俺はエイプリル隊からの増援としてここに来て、 運良く撃たれずにここで生きているが、そんな非日常を過ごした後でも、少しだって野郎のうなじを見る気にはならない。当然ながら、 エイプリル様のうなじなら写真に残すことは間違いの無いところだろうと言える。普段が髪で隠れている分、見えた時の感動は一入だ。 隊では比較的ベテランの域にいる俺でさえ、エイプリル様のその部分を見たことは数えるほどしかない。どころか、二度しかない。 結論にすっ飛んで行こう。エイプリル様の素晴らしさを語ることはやぶさかではないが、俺が彼のうなじを見て気付いたことというのは、 彼の肌には、装甲服着用者特有の形の日焼けがあるという事実だった。我々は基本的に装甲服を着て戦い、装甲服を着て任務に就く。 そんな我々だから、日焼けも変な形になったりする。彼らギルド兵の顔を良く見れば、気付く筈だ。マスクを外して楽にしている時に、 目と口の周りだけ日に当たる為、新兵にはわざと教えてやらないから自分で気付かない限り特にそうだが、えもいわれぬ顔になっている。 彼の顔は、ちらと見た時はそうではなかった。だが首までは誰も気にしないので、微妙なラインが残る……しかしそれは決め手ではない。 決め手は彼の足元だった。彼が軍人だったら、私生活をも官給品で過ごす男だっただろう。官給品の食事、官給品の服、官給品の避妊具。 取り立てて面白い話でもないが、フェブラリー隊には避妊具のコレクションをしている兵がいるそうだ。本当に面白くない話だが。で、 彼の靴下はギルド兵の制式採用品だった。形骸化してはいるが、新兵は買わされる。これも新兵同士の連帯感を高めるお定まりの儀式だ。 俺はもう迷わなかったし、彼が嘘を吐いた以上、非はあちらにあるのだ。何らかの間違いで、俺が誤っていたのだとしても、構わない。 脅威は排除されるべきであり、俺は、この男がその脅威たる存在だと考えている。殺すのに何の躊躇いがあろうか。あっていいものか。 コーヒーを淹れ終わり、水筒に移し入れてから、未だに中身の入った水筒を増やしている彼の方を向いて、声を掛けた。なあ、君、と。 彼が遂に限界点に来てしまったから、そんな行動に出たのかどうかは分からない。兎に角彼は俺に隠していた銃を向けようとした。 二十二口径。この銃を豆鉄砲と馬鹿にする奴は、俺の戦友には加えたくない。恐ろしい銃である。小さいのに、人を殺せるのだから。 当たり所がどうだとか射程は問題にならないのである。重要なのは、離れた位置から人を殺せる武器がこんなに小さいということなのだ。 俺は咄嗟に判断した。彼の銃は二十二口径。狙うなら喉や目、顔周辺だ。両腕で庇いながら、敵に突進する。一発放たれ、突き刺さった。 左腕が痺れるように痛んだ。小口径弾で撃たれた時に感じるタイプの痛みだ。個人差があるだろうし、一概にそうだとは形容出来ないが。 彼が二発目を撃つ前に銃を右手で払って吹っ飛ばす。左手が調理台の上に向かい、あったものを掴む。フォークか、スプーンかだろう。 手触りがそんな感じだった。握って、彼の顔を叩くように殴りつける。スプーンだった。計量スプーン。道理でここにある訳だよ。 その為に殴ったので、スプーンの先の丸まった部分は、敵の目を抉った。聞くに堪えない声が聞こえたが、俺は無視して二発目を入れる。 今度は柄の方を、目の奥まで突っ込んだ。変な液の付着したスプーンを二度三度力を掛けて押し込むと、彼はとうとう動かなくなった。 やれやれ。自分の手を見る。汚れてしまった。この手でコーヒーを持って行っても、誰も喜ぶまい。その液を混ぜてやろうかと思ったが、 自分がやられたらと考えるとぞっとしない行いだ。悪戯をするならば、自分がやられても大笑い出来るような悪戯をするべきだろう。 手を洗って必要なだけコーヒーを運び、俺はこんなことを命じた男にそれを渡した。と、すぐさま左腕が見咎められ、俺は治療を受けた。 どうでもいいが、針でちくちくつつかれるのと薬をつけた脱脂綿で消毒されるのは嫌いなんだ。二十宇宙ドルやるから勘弁してくれ。 * * * 私は、その部屋に入ってしまったことを、即座に深く悔やむことになった。増え続ける負傷兵たち、彼らを収容する部屋を探して、 迂闊にも入り込んでしまったのだ。知っていれば入りはしなかっただろう。確信する前から嫌な気分はしていたけれど、それというのも、 あの妹、最も若いあの妹の、匂いが部屋中に充満していたからだ。恐らくコロンか香水かをつけているのだろうと思う。そんな匂いだ。 彼女の匂い──鼻を心地良くくすぐる、あの甘い匂いだ。私ももしこんな形での出会いでなかったなら、どんな香水、コロンかを確かめ、 ひょっとすると購入していたかもしれない。戦闘中に抱き締められた時にはあわあわしていて匂いに魅了される余裕が無かったけれど、 今は違う。でも、これは彼女の匂いなのだ。それだけで、私がこの匂いを嫌うようになるには十分な理由だった。購入する気も湧かない。 本当ならこの部屋をとっとと出て行きたかったし、そうするべきだったのだが、私には仕事があった。戦友たちの命を救う仕事だ。 その仕事を果たすには部屋が必要で、私はそれを探しに来たのだから、こんなに都合のいい部屋を調べずに放置することは出来なかった。 流石は指揮官の部屋だけあって、広いのである。無駄に思えてくる広さだ。無駄に思えるのは、調度品の少なさが原因と言えるだろう。 あるのはクローゼット、鏡台、姿見、天蓋付シングルベッド……枕は無い。それに大画面テレビ、そしてテーブルと椅子に執務机だけだ。 もっと小さな部屋ならひしめいて生活感を感じさせただろうそれらは、この大部屋においては空虚さを演出する小道具に過ぎなかった。 あの妹はここで暮らしているのだろうか。テレビで何を見て、執務机でどんな仕事をするのだろう。彼女が机について仕事をする様を、 私はどうしても思い浮かべられなかった。短い接触だったが分かる。あれは絶対デスクワーク嫌いだ。三分と座っていられないタイプだ。 執務机から見える位置にテレビが置いてあり、あまつさえリモコンが机上にあることからもそれが分かる。仕事など全然していないのだ。 テレビで何を見ているのかという、危険な好奇心から来る疑問を解決しようと、私はリモコンを取って向け、切られていた電源をつけた。 映るのは静止画。リモコン下部の再生ボタンを押すと、動き出す。最初の一声を聞く前に、私はそれが私の記憶の一部であると気付く。 何故か音が流れて来なかった。見ると、イヤホンが差し込まれている。執務机まで届かないからと妹は延長コードまで使っているらしい。 抜くと、懐かしい声が聞こえた。セプお姉様。じんわりと、その声の響きに感じ入るところあって、私の目に液体がこみ上げて来た。 ごしごしと擦って、これは何でもないのだと何かに言い訳をする。これ以上見聞きしていると言い訳が聞かなくなりそうだったので、 リモコンを操作してテレビの電源を落とす。あのときの記憶を見たければ、自分の部屋で、一人で、ゆっくり見ればいいだろうと思った。 何もこんなところで、こんなものを使って見ることはないだろう。どうして新型はテレビなどを使って、私の記憶を見ようと思ったのか。 彼女も私も人工脳の構造に大きな差は無いだろうから、直接再生すれば臨場感も何もかもがより強く感じられる。私の感情の機微さえも。 嫌でも仕事をしなければならない時に、直接再生は出来ないからと見たのだろうか。その線が有力そうだ。他の線が存在しないからだが。 映っていた映像のことを考えないようにしながら、執務机の椅子に腰掛ける。エイプリルお姉様たちが戦っている相手の私室になら、 何か弱点みたいなものがあるのではないかという考えが、その時になって私の心を過ぎった。捜索を実行に移すのに躊躇はいらなかった。 引き出しを開け、二重底になっていないか調べ、彼女自身の弱点や、この部隊のことを書いたような書類が存在しないかを確かめる。 案ずるに、彼女には執務机はいらなかったのではないか。書類? そんなものは机の中にも、引き出しの中にも一枚とて無かった。 代わりにあったのは日記帳やアルバムの類。何が書いてあるかは察せられたが、アルバムにどんな写真を貼っているかは分からなかった。 十二姉妹の写真だろうか。それもありそうだが、どうやって入手したか、ということになる。マルチアーノ邸襲撃のことは聞いているが、 そもそも私たちはそこまで写真を撮ってはいない。休暇の時に部下にせがまれたりして撮ったり、お姉様たちと撮ったりはしたけれど、 アルバム一冊分には……どうだろう、なるかもしれない。アルバムを置き日記帳を読むことにする。中身が分かっているものからの方が、 精神的にも楽だろうと判断してのことだったが、私の子供っぽさは抜け切っていないのだと痛感するだけの結果に終わってしまった。 彼女の言動ほど狂ってはいない。彼女の表す感情ほど躁めいたりもしていない。彼女の行動ほどに不可思議なものでもない。だが、何だ? 新型の文章力は、それが日記だからという理由で一人称視点、口語表記であることを差っ引かないでも、感心するに値するものだった。 言葉はギルドの日常以外を書く時も分かり易い一般的な単語ばかりで、専門的なことに話が及んでも、それで説明してしまっている。 徒に晦渋な文を綴るような、愚かな知ったかぶりのやりそうなこともしていない。控えめで丁重な形容ばかりで、人柄とは正反対である。 だというのに、私は何だかこの文章が怖かった。狂ってなんていないのだ。どうかしていないことは確かなのだ。書く文章も上手い。 それは偏に端々で現れている姉妹に対する想念のせいだろう。彼女も常識を幾らか理解しているようで、面と向かって殺すとは言わない。 しかし日記帳の中では、本心をありのままに書ける。黒い線の集合体にされた彼女の言葉は理知的で女性的、教養を感じさせるものだが、 根底に流れる彼女の正気がそれを恐怖に変えていた。狂気は筋が通った発想をしない。狂気がここまでの理性を感じさせる訳が無い。 理由が詳細に書かれていた。何故自分が、姉妹を愛し、崇め、愛されたいと願い、しかし殺し殺されたいとも思い続けているのかが。 私はそれを読んで理解してしまいそうになって、それまでで一番大きく冷たく破壊的な畏怖を感じ、ページを一気に最後まで飛ばした。 すると、ここまでとは打って変わった乱暴な字で、「ベッドの下:本二冊」などと書いてあるのを見つけた。不審に思って、調べる。 出て来たのは籠と木製の盾のような形の板、本二冊だった。これらの意味を理解するのに数秒掛かったことは、救いの手だったのだろう。 あの時間の間に考えるのを止めておけば、彼女が勝利した後に訪れるだろう私たちの未来を知らずには済んだのである。アルバムを抱き、 私は部屋から飛び出した。思えばそれも放っておけば良かったのだが、湧き上がる興味は、往々にして主の身を滅ぼそうとするものだ。 籠は十二個あった。板も十二枚あった。本は題名まで見なかったが、写真集らしいものだった。私はその表紙を見て気付いたのである。 彼女は明らかに、私たちを、あたかも剥製のようにして、この殺風景な部屋をマシにする為の飾り物にしようとしているのだ。 * * * ──フェブ、いつになったらハッキングが終わるんだ! アタシたちでこいつを殺せってのか! ──今、最後の防壁に取り掛かってます! この第四防壁突破後は、新型も無力化出来るようになりますから! ──どれくらい掛かるのかって聞いてるんだ! アタシらがぶっ壊されてからじゃ遅いんだよ! 傍聴しながら、エイプリルは話しつつ戦うべきではないなと思った。実際、フェブに二度目の文句を言ったメイは、直後に殴り倒された。 彼女はそのフォローに回る。喉を刺そうとしたサーベルは勇気ある親友の行動により保持者の手首を掴まれて、喉の先数ミリで止まった。 新型が全力を込めれば一溜まりも無くエイプリルの行為は無駄になってしまう為、メイは素早く窮地から抜け出す。刃が地面に突き立つ。 妹は右手でサーベルを振るい、エイプリルも右手で剣を扱っていた。故に彼女は左手で新型の手首を掴むことになり、ということは、 妨害さえ入らなければ妹の胸を剣で狙える位置に彼女はいた。そうせず、飛び退く。無理矢理引き抜いたサーベルの刃が掠めそうになる。 彼女たちは一進一退の攻防を繰り広げていた。銃を使わずに、己の拳や足、剣にサーベルのみを使って、時に最も古い闘争の形を取って。 飛び退いてすぐに、長姉はサーベルを停止させるまでに掛かる硬直時間を狙って飛び込んだ。狙いは違われなかった。新型は左手一本、 それも右腕が殆ど重なっているような状態の、防御にも攻撃にも扱い難い一本で、姉の攻撃を何とか逸らすか受け流さねばならなかった。 そんなことは上手く行く筈の無いことで、彼女はエイプリルの頭突きを顔面に受けることになった。二度目だ、と受けた彼女は考える。 頭突きというのはこういう場合には非常に尤もな攻撃手段である。威力も高いし、両手が自由であり続けることが出来、追撃も容易だ。 姉は安全に追い縋れる時には、とことん追い縋る戦闘スタイルだった。前回ほどではないにしろ傾いだ彼女の顔に、追撃の拳打を見舞う。 不安定な体勢からも、彼女は逃げようとした。届かない、と姉は思ったが、閃きがあった。ギリギリで手を開く。新型はにやっと笑う。 それでも届かないことを知っているからだ。エイプリルは笑い返し、新型の笑みを驚きと喜びに凍らせた。彼女の髪型の特徴を構成する、 側頭部リボン下のお下げを掴んだのだ。手首を捻って振りほどかれないようにし、引く。新型がたたらを踏むようにして引き寄せられる。 そこでエイプリルは手を開いた。新型はマズいと思ったが、遅かった。エイプリルも体感するのは久しぶりになる、気色悪い感覚が、 指先から伝わって来る。妹は右目の視界が斜め右に飛び上がり、次に吐き気を伴いつつ完全に消失するのを感じた。新型は耐えなかった。 悲鳴を上げながら跳び下がって膝を折り、この二日に食べた菓子等を多少吐き出す。彼女は死ぬほど恥ずかしく、消え入りたくなったが、 切実な不快感に苛まれていたので、それについて姉に申し開きをする余裕は一寸だって有り得なかった。彼女の左の視界に相棒が見える。 相変わらずの仏頂面だったのが、新型の気持ちを多少でも楽にさせた。エイプリルは自分の成し遂げたことに自身でも吃驚していて、 追い討ちどころでなかったが、メイの方が気付いて襲い掛かった。が、彼女は長姉より速かったというだけで、不十分な速度だった。 殴りかかった右腕が飛んだのが、エイプリルにも見えた。バランスを崩したメイの足に、返す刃が向けられる。長姉はまたも、遅かった。 右足が、太腿から切断される。自分の体勢のお陰で、メイは左足まで斬られることは免れたが、エイプリルは己の敗北を九割方認めた。 親友を迫る死から救うべく、斬り掛かる。立ち上がろうとする新型に向け、右上から左下へ。彼女は後退して身に受ける寸前で回避した。 勢いで回転しながら蹴り飛ばす。揺らぐ妹に剣ごと体当たりし、突き倒した。這いずって安全地帯に向かうメイの気配を感じて、 エイプリルは追撃を止めた。深追いするのは危険だと理解していたからだ。親友の危機に冷静さを失ってさえ、彼女の判断は鋭かった。 ──防壁突破! これより新型の人工脳からの命令をストップさせます! 後五分だけ下さい、お姉様! サーベルを構え直す新型をねめつけながら、メイがやられたことをフェブに伝える。彼女は絶句していたが、作業を急ぐことを確約した。 素早い妹の打ち込みを、剣を両手で支えることで防ぐ。見事な反応だったが、避けられなかった時点で褒められたものではなかった。 空いた左腕がエイプリルの腹を殴りつける。左の拳は一度引かれ、今度は位置の下がった長姉の顎を横に殴り飛ばした。姉は倒れる。 突き立てようと、これまでにも何度か行われた試みを再現しようとする新型。だが今回の攻撃は横には避けられまいと咄嗟に考え、動く。 足で地面を蹴って、回避しなかったら胸に刺さったろう軌道の切っ先をかわし、重力に引かれて落ちる最中に、腰を落とした新型の、 鼻っ面を強く蹴っ飛ばす。その力を使って後転し、剣を構えるより先に横っ飛びに跳ぶ。回復した新型の跳躍と並行して行われた斬撃は、 エイプリルの裏付けが無い、強烈な直感に基づいて取られた回避行動によって無駄に終わった。でも、姉よりも妹の方がより速く動けた。 回避され着地するとコンマ数秒もしない内に、新型は方向修正し体勢を整えていた姉を襲った。姉は逃げられなかったが、立ち向かえた。 左足を大きく前に踏み出し、両膝を曲げ、剣を逆手に持ち替えながら、宙に跳び上がったせいで直線行動の縛りから逃げられなくなった、 この勇敢で強いが少々短絡的な向きのある妹の腹を柄で突いた。ぐ、と声が漏れる。エイプリルは腕を持って行かれそうになったが、 気力を振り絞って耐えた。地に敵の足が着いた瞬間に柄を腹から外し、正しい持ち方に直して、再び柄で妹の首筋を思い切り一撃する。 しかし、妹は姉たちを敬い、崇拝するだけあって、その気力も十二姉妹が長姉に負けず劣らずのものだった。倒れずに踏み止まって、 サーベルを握ったまま右拳を振るう。エイプリルも剣を持った拳を振るう。そして、両者はぴたりと、互いの顔の数ミリ前で拳を止めた。 笑ったのはエイプリルの方が先だったが、笑った後の次の動きを選択したのは妹の方が速かっただろう。左手で右腕を掴んで動きを止め、 右腕を体に引き寄せてからエイプリルに体ごとぶち当たって突き刺そうとする。身を横に反らすことで攻撃を無意味にして、反撃する。 新型がエイプリルの右腕にやったのと全く同じことをやって、二人の体が固定されたことを確認もせずに、右足を上げ、腹を蹴った。 腕が引っこ抜けるのではないかと彼女は思ったが、それは新型も同じことだったろう。意地に賭けて、二人は手を離そうとはしなかった。 二度目、三度目の蹴りが続き、遂に新型の行った拘束が解ける。姉は四発目の蹴りを食らわせようとしたが、妹は賢明極まりなかった。 自身が相手を掴んでいなくとも、相手は自分を掴んでいる。その状況を利用し、掴まれた右腕を引き寄せようと力を込めた。すると、 体はエイプリルの体に密着しようとする。引き寄せられたのが妹だったのか姉だったのかはどうでもいいことなので放っておくとして、 二人はくっついた。足は空を蹴った。腕を円を描くように回し、姉のした拘束を解き、彼女の脇の下に両手を差し込む。危険に気付いて、 倒れたまま柱に身を寄せて支援の時を待っていたメイが銃を向けた。妹は見過ごさなかった。メイが銃を撃とうとした時にはもう、 彼女が向けているのは自分の無防備な背中ではなく射撃手の親友であるエイプリルの背中だった。狙えるのはそこで組まれた両手のみで、 それも二人の動きによって揺れるので、スラッグ弾を使ったとしても、彼女の親友を撃たずには新型のことを撃つことも出来なかった。 密着した感触を楽しみながら、新型は力を込めて行く。右手はサーベルを握り締めて、左手は右手首をしっかりと保持して固めている。 所謂鯖折りという技だった。パワー型アンドロイドの新型にとっては相性抜群の技だ。エイプリルは両手に普段ほどの力が篭らず、 反撃に出られないと気付いて、メイに巻き添えにしてでも撃てと命じる。だがメイは迷っていた。自分の命は惜しくなかったけれども、 親友の命は惜しかったのである。彼女には撃てなかった。エイプリルが例えそこからどんなに懇願しても、撃たなかったことだろう。 それが分かったので、エイプリルは最後の賭けに出た。姉を愛する妹の弱点を突くことにしたのである。姉の行動に目を光らせていても、 愛情表現を振り払うことはしないだろう。長姉は妹の頬に手を沿わせて、撫でた。苦しみを抑え込んで、笑う。妹はにっこり笑った。 微笑みでも無く、にやりと笑う類の笑みでもなく、純粋さに由来する邪悪な笑みでもなかった。今までの背筋が凍る笑みではなかった。 かつてマダム・マルチアーノが振るった剣が落ちる。でも新型の笑みは変わらなかったし、エイプリルのそれも変わったりはしなかった。 下ろすと掴むという二つが行われたのは同時ではなかったが、というより同時に行うのは不可能に近いのだが、かなり近かっただろう。 大きな十字架型のファスナートップを右手で握り、引き千切る。無理に背中を反らされた為に思い切り振り被ることは出来なかったが、 新型の残った片目に突き刺すには十二分の力を、エイプリルはその右手に残していた。腕が解かれる。エイプリルは後ろに倒れ込む。 彼女は両手で新たに失った目を押さえながら吐き気にのた打ち回ったが、二度も吐瀉を自らに許すほどのプライドではなく、抑え込んだ。 メイは失った右手でガッツポーズを取ろうとしたが、自分の右腕が今は地面に転がっていることを思い出して、改めて左手で取り直した。 * * * それだけされても尚、新型の心を支配するのは、姉への崇敬と戦闘への歓喜だった。彼女は両の目を失ってはいたが、戦意は旺盛だった。 確かに目が見えないのは不利だ。姉妹を相手にして勝利するには、途轍もないハンディキャップになる。それでも妹は嬉しかった。 流石は十二姉妹、流石は私の起源、流石はエイプリルお姉様だと心から思った。彼女にとって殺されることや傷つけられることは大して、 大きな問題ではない。死んだ後のことは時々考えては怖くなったりしたが、でも十二姉妹に殺されるのならそれ自体は彼女の本望だった。 しかも、殺すのはその長姉、姉妹のリーダー直々の手によってなのだ。妹は姉妹になら誰に殺められても良いという考えだったけれど、 彼女なりの理想はあった。可能ならエイプリルお姉様に、という想いである。今、願いは叶えられつつあったので、彼女は幸せだった。 それと同様に、新型は生まれて初めて、他者への恐怖を感じていた。殺されると思った。自分は負けると思った。勝てないだろうと。 でも、それをそのまま認めて死ぬほど彼女の性格は受動的ではなかったし、死ぬことも負けることも戦いを挑んだ以上有り得ることだと、 聡明な彼女は知っていた。だから、戦い続けた。慣れてみれば恐怖というのは心地良いもので、新型の気分を高揚させることさえあった。 恐怖を克服したならば、両目が見えないハンディキャップを打開する為に、新型は手を打たねばならなかった。彼女は容易く手を打った。 エイプリルは気付かなかったが、ライフルを持った年末型、妹の相棒が、常にエイプリルと新型の両方を視界に捉えるように動き始めた。 彼女たちは視界を共有することによって、エイプリルの動きを把握することにしたのだった。自分でやっていて卑怯ではないかと思うも、 ここが勝機とばかりに猛攻を仕掛けて来る姉の前には、余計な思考をしている暇は無く、新型は己の楽しみを優先することにした。 潰した両目から赤と透明の液体が混合されたものをだらだら流しつつ、サーベルと左拳で目が潰される前と変わらない戦い振りを見せる。 姉の心中を察し、妹は笑みを漏らした。相棒の目を使っての格闘は新型にも辛かったが、それより辛いのは姉の顔が見えないことだった。 これでは折角の殺し合いも意味を半減するではないか、もっと近くに寄れ、というのが姉の意見だったが、妹たる相棒の意見というのは、 絶対御免だのただ一言に尽きるもので、まさか戦闘を中断して殴りに行く訳にも行かず、そんなことをして目を奪い返された日には、 情けなくてやっていられないことになるので、ぐっと堪えて格闘を続けた。続けている内にコツが飲み込めて来て、動きが滑らかになる。 彼女はまた、知覚出来る他の情報をフル活用することを学んだ。学び切った。彼女は見ずとも敵を見つける術を急速に会得し、体得して、 目があった方が良いのは変わらなかったものの、暗闇を見つめながらでも戦えなくも無い、という程度には彼女の技巧は上達した。 エイプリルは彼女と戦ったり一緒にいたり話をしていると常に一驚を喫していたので、驚愕には慣れていたが、それでも少しは驚いた。 ──フェブラリー、まだですの? もう五分経ったように思えますわよ。いつ私も倒されるか、分かったものではありませんのよ? 先程のメイみたく大声を出さないのが、逆にフェブの危機感を煽った。とどの詰まり誰も悪くなかったのだろう。運だけが悪かったのだ。 が、彼女の失敗がエイプリルの通信によって引き起こされたことは、疑いようの無い事実だった。でもそれは、誰の責任でもないことだ。 エイプリルが内心で焦ったのも、フェブラリーがその焦りに感染したのも、だから彼女が本来は必要なステップを数個省いたのも。 ──新型への攻撃を開始しますわ、四秒前! 長姉は安心し、後四秒耐えるだけだと自分に言い聞かせた。新型は落ち着きを保っている姉に感心し、一層尊敬の念を強め、惚れ込んだ。 新型に気付かれるのを防ぐ為に、エイプリルは手を休めなかった。その四秒間は、彼女には最も長い四秒間だった。だが、時は動く。 やがて四秒後が訪れて、フェブラリーの快哉を叫ぶ声が長姉に届いた。妹は攻撃姿勢を取って、サーベルを引いた姿勢で停止していた。 顔もそのままだ。エイプリルはそれでも気を抜かなかった。メイもだ。彼女たちは真っ先に、今は無力な人形の相棒の年末型を探した。 ライフルは彼女が持っている。あれで撃たれたらと思うと気が気でなかった。妹がいた時は彼女が止めたが、現在、それは期待出来ない。 辺りをぐるり見回すと、彼女は背後の柱の陰で呆気に取られて佇んでいた。ライフルを落とし、何が起こったのか受け止められていない。 長姉とその親友は不愉快な気分だった。この少女は妹を慕っていたのだということは、彼女たちにも分かっていたことで、その妹を、 自分たちは殺したのだ。単純に割り切れることだったが、そうしたくないと心の片隅で二人が思っていたので、割り切れなかった。 ああやって固まっている間にと考えて、エイプリルが最後の標的の下に向かう。走ったら動きで刺激しそうなので、歩きで移動する。 一体誰が想像するだろうか、それが未来を大きく変える行動になろうとは? 誰かが撃てば良かった。近寄る蓋然性など何処にも無い。 誰かが何も考えず、たったの一発の銃弾を放っていれば、十二姉妹隊の独立戦争における初戦は文句無しではないにしろ勝利だったのだ。 しかしながらエイプリルとメイはそれを選択しなかったのであり、選択されなかった未来はその時点で雲散霧消してしまった。 ──動力反応、新たに一発生……お姉様、まだです! お姉様! 新型がまだ動いています! 我々が、いや、私が──! 十二姉妹が長姉の聞いた言葉はそこまでだった。聞こえてはいたけれど、私が、の先からの言葉は、彼女の意識の範囲外にあった。 従って言うまでも無くメイは最後まで聞いていた。彼女が打ち震えつつ聞いた言葉はこうだ。親友の名を叫びながら聞いた言葉はこうだ。 ──破壊したのは、デコイです! * * * 左肘を切り落としそれから背に突き刺さって向こう側まで貫通したサーベルを引き抜くのには、新型も多大な苦労を味わうことになった。 案外な力が、予想外な力が必要になったのである。新型は、十二姉妹のボディの内側にある機械部分が問題なのだろうと推測してみた。 結果的に、彼女は心と口で申し訳ない、申し訳ないと謝りながら、エイプリルの背中に足を掛けて抜くことになった。サーベルは赤い。 付着した液体を落とす前に新型はそれを一口舐めてみた。思った通りの味だったが、失望は無かった。相棒の方を振り向き、小言を言う。 「落としたりなんかして、壊れたらどうするつもりだったんですの? ……ぼうっとしていないで、寄越してくれるかしら」 目まぐるしく変化する戦況に、相棒は一人取り残されていた。新型さえも何が起こったのか、全てを理解してる訳ではない。 彼女は八割九分の真実を直感と簡単な推理から得ていたが、残り一割と僅かは謎のままであった。だがまあ、フェブラリーからの攻撃が、 失敗に終わったのだと理解出来ていれば、この場ではそれより沢山の事実を知ることは不要であるだろう。そもそも知らなくとも、 相棒の仕事にも新型の楽しみにも差し障りの無いことだった。知らなかったとしても戦えるのだから、戦えばいいだけなのだから。 理屈や理由はそこに意味を見出すことが出来ない。今は結果が全てなのだ。自分は姉に勝利を収めようとしているのだと妹は理解した。 それがここまでの、現時点まででの結果だった。妹は姉を打倒し、姉は打倒されて、敵に死なされるのを待つだけの、惨めな存在だった。 相棒が放った愛銃を受け取って、撫で回す。サーベルを引き抜かれたエイプリルは立っていたが、立ち続けるのが精一杯の様子だ。 銃の簡単なチェックを始める新型。完全に勝った気でいる。最後の仕上げがジャムで台無しにならないようにとの、彼女の気遣いなのだ。 ライフルには歪みは発生していないようだった。その剛性に彼女は感謝した。全く、動きが止まっただけで落とすなんてどうかしている。 その感情をゆっくり味わっていることは無かった。それよりももっと楽しいことが眼前にあるのだから──そう思ってから新型は笑った。 私には目が無いのだった、と。でも、どうせ艦に戻って、部下たちの手伝いで眼部パーツを交換すれば、元通り見えるようになる。 それまでは相棒に頼んで彼女の見た世界を見せていて貰えばいい。新型は当面の心配を解決済みの棚に突っ込んで楽しみに取り掛かった。 ライフルの銃身を掴むといつも通りの冷たい感触。新型は目が見えないのが残念だった。エイプリルの顔はその時、味わったことの無い、 痛烈な攻撃を受けて、苦悶の表情を顔に浮かべていた。普段なら絶対に見せない顔だ。相棒の目で見えているけれど、自分で見たかった。 掴んだライフルをただ振り上げるのではなく、右手で銃身を掴み、左手で十字架の付いた弾倉の銃口により近い方付近を保持して、 それを腹にのめり込ませる感覚で強打する。柔らかい感触。小さな悲鳴が上がったのを、新型は聞き逃さなかった。彼女は興奮した。 綺麗なもの、美しいもの、価値あるもの。それらが、自分の手で壊されている。人格を持った一人の聡明で美麗な女性が、自分の手で。 彼女は夢中になった。最初は小さかった悲鳴は、繰り返すにつれて段々と大きくなり、打撃の回数が二桁を超えて幾らかもすると、 注意しなくとも聞き取れるほどの大きさにまでなった。エイプリルの出す声を聞く度に、新型の手には力が入り、振り下ろす手にも、 より力が掛けられるのだった。彼女は、本当に、興奮していた。一度銃床がエイプリルの腹部を打つと、打たれた彼女は身を折り、 悲鳴を上げる。悲鳴と言っても女らしい可愛らしいというようなものではなく、差し迫った苦痛などを受けた時に出る類の叫びだった。 彼女は自分の声が新型を余計に凶暴化させていることに気付いていたので、何としても声を出すまいとしたが、どんなに頑張っても、 その試みは成功しなかった。三十回を数えた頃、エイプリルはその試みを止めてしまっている自分に気付いたが、手遅れだった。 機械的に繰り返される打撲。身を折ることも出来なくなった。新型は打撃を続けていたが、反応が薄くなったことを感じて、手を止めた。 目が見えない彼女にはエイプリルが具体的にどんな状況かは分からない。だが、反撃はもう無理だろうと思って、膝を突く。 彼女に限界が来たのではなく、姉を抱き起こす為だった。何を思うということもなく、姉は妹に抱き起こされた。顔が近づいて来る。 エイプリルは、別れのキスでもするつもりなのだろうと、悟った。それは正しかった。長い間、妹は目を閉じ、エイプリルの唇に、 自分のそれをそっと触れさせていた。彼女が行ってきたそれまでの行動とは、全然違うタイプの口付けだった。新型が立ち上がる。 そろそろと、柱の陰から、彼女の相棒が出て来た。エイプリルは彼女を見るのに、目を限界まで下に動かさなければならなかった。 銃床の乱打を受けて、致命的なダメージを負っている彼女には、新型が最後の一撃を加えるのを見ている他に手段は無く、 エイプリルは口に溜まった液体を飲み下して、新型の下す鉄槌が来るのを待った。ほんの刹那の時間だけだったが、何らかの奇跡を願う。 勿論、奇跡など起こりはしなかった。新型が振るったライフルは狙い違わずエイプリルの腹部に直撃し、大きく身を折ったエイプリルは、 体も伸び、少しだって動かなくなってしまった。意識はあったが、戦えるとは思えなかった。腕も無く体もぼろぼろだ。死ぬと思った。 セプやお母様のところに行くのだと思った。元から人間ではない自分が天国や地獄などという宗教的概念に囚われているのを知って、 彼女は口の端を歪めたが、それだけのことをするのにも抵抗があるほど、彼女の体は痛めつけられていた。妹は身を折って笑っている。 時折嗚咽が混じる笑い声。悲しみと喜び。矛盾してないようで矛盾しているようでもある、異常な感情。エイプリルは目を、空に向けた。 * * * 空が見えた。欠片に切り取られた空が見えた。屋根に遮られていたが、それでも年月の内に生じた穴から見えた。小さな、クーロンの空。 体温が下がっていく。警告が消えない。オイルの流出が激しいらしい。体を動かすのが億劫だ。億劫という表現は生ぬるいだろう。 それらを気にせずに、私はぼんやりと空を眺めていた。鼠色と言うには綺麗過ぎ、銀色と言うには汚れ過ぎているこの空を。 去ってしまった雨が来るのかもしれない。薄い靄の掛かる思考の渦中で、そんなことを思った。どうでもいいことだというのに。 何故だか、何かが欠け落ちてしまった感覚に苛まれ、私は首を倒した。目に砂が入るが、瞼を閉じて取ることもしない。痛くも無い。 隣にメイが同じような状態で倒れていた。手足が一本ずつ無い。どちらの足だろう。見えているのに分からなかった。どちらにも思えた。 彼女は口からオイルを吐き出しながらも、まともに動かない腕で、それでも彼女の銃に向かって這いずって行こうとしている。 ああ、そうか。そうだった。私は負けたのだ。私たちは負けたのだ。今、私たちの前で楽しそうに悲しそうに笑って泣く妹に。 もういい。もう、戦う気力も無い。手足から力を抜くと、心地良い倦怠感が身を包んだ。疲れ果ててベッドに倒れこんだ時みたいに。 最期の瞬間は直に訪れるだろう。幸福な記憶と共に迎えたい。部下たちの記憶。ニルソン様やお母様の記憶。愛する姉妹たちの記憶と。 ジャニアリー、フェブラリー、マーチ、メイ、ジューン、ジュライ、オーガスト、セプ、オクト、ノヴェ、ディッセ。 私を慕ってくれるオーガストや、私をライバル視して来るジャニアリー、いつまで経ってもお姉様と言わないマーチに、 縁の下の力持ちとして私をサポートしてくれるジューン、いつだって皆の為に動いてくれたセプ、そして私の親友、メイ。 辛い時には常に、余計なことを言わずに隣にいてくれた。それがどんなに私を救っただろうか。メイ、あなたのお陰で、私は。 「──プ──起き──」 いよいよ霞む意識に、たった一つの音が響いた。しつこく鳴り響くので、私は最後に何の音なのか確かめようと耳を傾けた。 ……声だ。メイの声だ。何か叫んでいる。内容までは聞き取れない。更に集中して、聞こうとする。有耶無耶にしてしまうのは嫌だった。 「──立って──銃を取──!」 立って銃を取れ、かしら? 誰が? 「エイプリルッ!」 音が戻った。意識を覆う薄い膜が剥がれ、私は命を現世に繋ぎ止められたことを知った。少なくとも、暫くの間は。 メイのショットガンが手に届く位置にある。彼女が這って行って、私の方に投げたのだろう。私はそれを手に取ったが、それだけだった。 妹はまだ笑っている。泣きながら笑っている。喜びながら、悲しみに悶えている。そう思うのなら、こうしなければ良かったのに。 彼女は本当に悲しいのだろう。何よりも誰よりも愛した姉を殺すのが、堪らなく嬉しくて悲しいのだろう。だから泣きながら笑う。 純粋だ。純粋に過ぎる。歪なまでの純粋さを持って、その為に、彼女は私と私の親友を殺すのだ。悲哀に暮れつつも、容赦無く。 それが、私を、私の状態、私の意志を変えた。彼女の行為が、妹の感情が、私の感情に対して大きな変化をもたらすことになった。 まず感じたのは生理的嫌悪感だった。その一途な、少女の純粋さに対しての嫌悪感だった。気持ち悪いと、そういう風に感じた。 次に、死にたくないと思った。それは即座に、誰が死ぬかという考えに変わった。その考えが、また次の感情を呼び起こす。怒りだった。 強い怒りが体を駆け巡り、死に掛けた機能に息を吹き返させる。温度の低下も止まった。相変わらず警告音は鳴り止まない。 誰が言い出したのだろうか、機械は感情に基づいて動かないなんて。今、私はその誤った一説を、完膚なきまでに打ち破りつつあった。 人間ではない自分には必要の無いことだったが、深呼吸をしようとする。感情を落ち着かせる為だった。一定の効果があると聞いている。 途端オイルがせり上がって来て、不快な音を立てて私はそれを吐き出した。慣れないことはするものじゃないと一つの教訓を得た。 騒々しい警告を無視して、右手を動かした。多大な意志の力が必要だった。オイルがボディのひび割れた部分から流れ出て、服を汚した。 が、まだ動く。戦える。銃を向け、引金を引き、我が母親の剣を持って、振ることが出来る。戦えるのだ。私は、未だに、戦える。 何処か体を動かす度に込み上げる液体を吐き出したり飲み下したりしながら、足の動作を確認した。動く。それでは、立てるだろうか? 問題無し。立てる。無事な右腕を地に突いて、傍の柱に思いっきり縋りながら、ショットガンを杖代わりに立ち上がろうと試みる。 倒れた。しかし、失敗は成功の母と言う。一度の試みで成功を得ようなどと思いはしない。それは余りにも無茶で都合と虫のいい話だ。 百度失敗したとして、百一度目に成功すればいい。何度だって繰り返す。無様に倒れることを繰り返しながら、私は五度目で成功を得た。 一度立ってしまえば後は制御だけだ。ふらふらとしながらも、ショットガンを片手で妹に向ける。指が震えたが、無理矢理押さえ込んだ。 今にも倒れそうになりながら、戦闘準備は整った。妹が興味深そうな顔で私を見る。瞳が再度の戦闘への歓喜と悲愴に満ち溢れていく。 ちらとメイを見やると、にやっと笑った。ぶっ壊せと、唇が動いた。私は同じように唇だけを、ぶっ壊して差し上げますわ、と動かした。 覚束ない足取り。以前と比べると力の入らない右腕。定まらない重心。敗北要素はたっぷりだ。いや、それしかないだろうと思う。 だがそんなことはどうでもいい。マルチアーノ十二姉妹長姉エイプリルはそんなことで諦めはしない。さっきまでのは悪い夢だ。幻想だ。 私は長姉だ。例え新型だろうとも、銃器の威力の差が有ろうとも、それでも戦い、勝利しなければならない。長姉としての誇りに賭けて。 左肘から先が無い? それがどうした。銃の威力が足りない? それがどうした。どう見ても勝てそうに無い? それがどうした! ゆっくりと間合いを詰める。ショットガンの射程距離へ進む。勝つ為の策なんて持ち合わせてなかった。それでも、負けるとは思わない。 笑った。さあ、行こう。これこそが、ラストスタンドなのだ。月までぶっ飛ぶド派手なクライマックスが、きっと自分たちを待っている。 雨が、降り始めた。 * * * フェブは──その容貌と担当からも予想出来る通り──非常にきっちりとした性格だった。何事も明確にすることをとても好んでいた。 誇張表現を敢えて使うのならば、彼女の前には黒と白しか無く、あるラインを境として、二者は永遠に別れ、完全に切れているのだった。 そうして彼女はやはり、責任の所在をはっきりさせたがる性格だった。その為に彼女は現下の戦況を自らの責任と断定してしまっていた。 通信を繋ぎ、孤軍奮闘する姉に、攻撃を続ける旨を伝える。被伝達者はそれが危険行為であることを知っていた。気付かれているのだ。 フェブが何かやっていることは絶対に気付かれていない筈が無いのだ。とすれば、ハッキングが見つかる可能性は高くなることは明白だ。 一度見つかれば、良くて不具になるか、悪ければ人工脳を焼き切られて十二姉妹で二人目の欠員ということになってしまうだろう。 それが分かっていても長姉は止めなかった。彼女は冷静沈着かつ冷徹な現実主義者だった。勝利には危険が付き物だと、理解していた。 第一、姉が止めたとしても妹は従わなかっただろう。彼女は彼女自身の責任感がもたらす苛烈な自己批判をどうにかしようと必死だった。 が、彼女は新型を殺せるとは思わなかった。そこまで落ち着きを失ってはいなかった。自分が出来る最高の攻撃を模索し捜索する。 新型の脳をクラッシュさせられないなら、動きだけを止めるかせめて遅くすれば、エイプリルに勝機が与えられるのではないかと考える。 考えると同時に、彼女は動き出していた。危険を承知で、攻撃に適した場所を探す。新型はそのことにとっくに気付いていて、捕らえて、 姉の脳を焼き切るべく、侵入した彼女を探し回っていた。自分のことなのでどうしても新型はフェブより一枚上手になり、姉は幾度か、 本当に危ないところだった。額を拭って、介入を続ける。ところどころで追跡プログラムを誤魔化す為の罠を落としながらだったが、 彼女は目的を達しつつあった。四つの論理爆弾を仕掛けて、脱出口を探す。開けて入って来た侵入ポートは閉じられてしまっていたので、 ポート制御を乗っ取って有りっ丈開放し、そこから逃げ出すしかなかった。新型の人工脳の、人で言えば記憶野に当たる部分を通過する。 余裕があった訳ではなかったが、フェブラリーは幾許かの記憶をコピーして持ち出すことにした。重要そうなものを選ぶ時間はないので、 使える時間の範囲内でコピー出来るものだけを全て手に入れる。そこを離れて数秒としない内に、追跡者が彼女を探しに来た。 とうとうそこまで来たか、とフェブは苦々しく思う。ポートの制御を奪うのには、後数十秒は掛かりそうだった。でも開いてしまえば、 脱出には時間が掛からない。爆弾の爆発までに逃げ出せればフェブラリーの勝ちであり、彼女を捕らえ、彼女の脳を焼き殺せたのならば、 新型の勝利だった。制御の奪取に成功する。追跡者はフェブの数歩手前と表現出来るような場所を行動中で、危険極まりないことだった。 ポートを開けるだけ開いて、その中の一つに向かう。一つしか開放していなかったら、それは逃走経路を教えることに等しい愚行だ。 が、ここでも新型はフェブの一枚上手だった。彼女は制御を奪われる前に奪取作業に気付き、避けられないと知って追跡者たちを、 フェブが来るだろう場所に配置していたのである。フェブは危険だと思ったが、言葉にする必要など無いほどに、その通りだった。 自分が開いたポートは全て塞がれているだろうし、逃走経路から除外する。二つのポートが残った。フェブは追われながらだったけれど、 それが何処に繋がっているのかを確かめた。一つは外に。もう一つは何か別の相手に。フェブラリーは選択することを迷わなかった。 躊躇無く、後者を選んだ。前者は罠に思えたからだ。今度は新型が焦る番だった。それは相棒との視界共有の為に開いていたポートで、 塞ぐ訳には行かなかったし、今も塞げないポートだったからだ。追跡削除プログラムを急行させたが、フェブラリーの方が速かった。 姉は、最初自分が何処にいるのか分からなかったが、即刻理解を要することを知って、解した。あの小さなオクトと同じ顔の少女の中だ。 新型が彼女に言わないとは考えられないので、フェブは彼女までぶっ壊そうとする試みを持つことはしなかった。ポート制御を奪い取り、 全部開いて、自分の体に戻ろうとする。怖気と寒気の後、フェブは現実世界の住人としてそこにいた。指を動かし、手を握ったりする。 ──帰還しましたわ。爆弾四つを設置、爆発のタイミングはこちらが握っていますが、彼女の行動次第では即爆発します。爆破しますか? ──言を俟たず! それもそうだった。起爆する。エイプリルは起爆の時を知ることが出来た。爆弾がその目的を遂行した瞬間、サーベルを振るっていた、 十二姉妹全体の敵が、自分の勢いを殺せずに前につんのめったからだ。新型はエイプリルの前だったが、抑え目の罵倒語を漏らした。 二度三度と体を動かして、具体的に何処がどうなったのかを確認する妹。姉も、敵がどれくらいの被害を受けたのかが大体は分かった。 殺せはしなかったが、殺し易くはなっているようだった。動きが幾分か遅くなっている。パワー型の怪力も減じさせているかもしれない。 怪力を失わせたというのは、パワー型アンドロイドの長所を丸っきりスポイルしてしまったということである。依然御しがたい相手だが、 まだマシにはなった。エイプリルは自分の危険を顧みず新型にクラッキングを仕掛けたフェブラリーに、出来る限りの賛辞を贈った。 確認を続ける妹に襲い掛かる。殺し合いに卑怯も何もあるものかというのは、共通の見解だった。妹は無防備のツケを払うことになった。 ハイキックを喉に食らって、体を仰け反らせる。左腕は無く、右はショットガンで塞がっているので、エイプリルの戦闘スタイルは、 蹴りが主体のものになりつつあるのだ。が、右はメイの銃によって塞がっているにしろあることはあるので、殴れないことも無かった。 次も蹴りが来るだろうと予測して防御をしようとする新型の横顔を、ショットガンのグリップを握った右手で強かに打擲する。 普通にグリップを保持していては無理なので、長姉は銃をくるりと一瞬下方向へ回転させ、言ってみればトンファーの持ち方をしたのだ。 姉は腹部など狙わなかった。そんな場所を狙ってもどうしようもないことを、戦う間に知っていたからだ。今殴った方の腕を振り抜いて、 肘で反対側の顔を打つ。二歩よろめき、新型が下がる。追い討ちは止まらない。止めれば防戦一方の彼女と、立場を交代することになる。 破れかぶれに、防御を放棄して妹が放ったサーベルの一撃が、エイプリルのリボンを斬り落とす。姉は一切それを気にもしなかった。 新型はたった今持っていることを思い出したかのようにライフルを振り回そうとするが、フェブの論理爆弾で速度が遅くなったそれは、 『当たれば危険だが当たりはしない攻撃』にまでその脅威度を貶められていた。首を狙った銃身は空を薙いで、斜め下に妹の視線が向く。 腰を落として回避したエイプリルが、続く攻撃にどんな手段を使うのか、彼女には複数の候補があった。どれも尤もらしい候補であり、 防御を優先すべき場所を選ぶのは大変だったが、新型はそうまでしても姉の攻撃を防ぎ切ることが出来なかった。例えば防御したとして、 それを破壊して突き進んで来る攻撃と、それをすり抜けて突き進んで来る攻撃を、どうしろというのか。前者は妹の得意技だったが、 後者は姉の得意技だったのだろう。妹にはどうにも姉がどうやって自分の防御を潜り抜け、的確にダメージを与えるのか分からなかった。 もしかしたらそれは妹がパワー型アンドロイドだからかもしれなかったが、戦闘の中でそんなことを思っている余裕はお互い無かった。 斜め下より地面を蹴って突進して来た姉はしかし力任せの攻撃ではなく、技巧に頼った、最高のタイミングを期した攻撃を仕掛けて来た。 妹の防御は無意味だったと言って良いだろう。彼女のサーベルも、ライフルも、腕も、彼女の体に加えられる攻撃を防げはしなかった。 エイプリルが地面に倒れ立ち上がってから、そう時間は経っていない。新型の記憶にも、彼女の艶かしささえ感じさせる姿が残っている。 だけれども今や彼女はあの時の彼女ではなかった。新型もそれを認めざるを得なかった。自分の番が来たのだとさえ思わせられた。 私が倒れる時が来たのだと、妹は信じた。それと同じように姉が倒れる時も来ているのだと、妹は確信していた。どれだけ痛めつけられ、 姉がいつか発したのと同様の溜息のような悲鳴や、出すのが恥ずかしいような声が上がっても、最終的には自分の勝利が訪れるだろうと。 倒れてもいい、生きていればいい。それで、倒れた生きている自分の前に、姉が死んで倒れているか、それに類する状態であればいい。 「お姉様、楽しいと思いませんか? こうしていると、楽しくはありませんか? こうするのが私、ずっと夢だったんですのよ」 殴られ、蹴られながらだったから、実のところここまで整った言葉ではなかった。変なところで途切れたりしたし、発音も不明瞭だった。 それでも妹は感謝を伝えたかったのである。後数秒で、自分が死んでいるかもしれず、はたまた相手を殺しているかもしれないから、 妹はそのことを良く良く知っているから、遅くならない内にと思ったのだ。姉は受け付けなかった。口を利きたくなかったし必死だった。 彼女はつい先程、打ち倒されたのだ。執拗な攻撃を受け続けたのだ。ボディがぼろぼろになっていることは彼女が一番知っていたことだ。 その体で戦い続けるのは、一つは親友の為であり、一つは誇りの為であり、一つは自己保存の念からであった。親友の命を守る為であり、 誇りに勝利を与える為であり、自分の命を拾い上げようとする為であった。エイプリルは妹の思うほど余裕も何も無かったのである。 メイは身を粉にしてでも打ち勝とうとする親友の姿に心を打たれ、自分が何も出来ないことに泣きそうになった。戦いたくても、 立てさえしない彼女の体では、どうしようも無い。唯一あるとすれば声を枯らして応援するくらいか。そんなことは無意味だと否定する。 サーベルとライフルの攻撃を避け、防御と防御の合間を縫って攻撃を加え、死線の上を危なっかしく歩いて渡る自分の親友に、 何か、何かしてやれないものか。敵を倒す手助けを、彼女が生き抜く手助けを、メイは切に所望していた。柱に身を寄せて見ているだけ、 見物人としてずっと座っているのは耐え難い屈辱でさえあった。だから彼女は待っていた。自分が手を貸せる時が来るかもしれない。 出来れば来ない方がいいのだけれど、その時が来たら、メイは何としても彼女の親友を守る為に、命含めた全てを差し出すつもりだった。 エイプリルの右手に握ったショットガンが発砲され、このところ拳や足での攻撃が繰り返されていた為に反応が遅れた新型の鎖骨付近に、 一粒弾が命中する。そこでメイは気付いた。エイプリルと新型の位置が、メイとその親友が戦闘前に仕掛けた罠のかなり近くにあり、 上手く罠のある場所に叩き込めれば、新型もただでは済まないだろうということに。罠とは即席指向性爆弾で、起爆はメイの意思で行う。 これだ、と思った。忘れていることを考えて、エイプリルに通信する。彼女は教えてくれた親友に感謝して、新型を位置に誘導し始めた。 * * * 私とメイが爆薬を仕掛けたのは、殆どが屋上ではなく階下であり、今から考えて見ると、私たちは無駄なことをしたものだと思う。 我々は、新型とその小さな戦友を含めて、誰も階下まで降りて行って戦おうとは思わなかったのだから。が、まあ、屋上にはいい場所が、 要するに仕掛け爆弾を隠して配置出来るような場所が無かったからというのもあるし、言い逃れも出来ないことは無いだろうけれども。 屋上に仕掛けたのは二つだけで、チャンスは二度も訪れないだろうから、新型を殺すことに繋げられるのは最初の一回だけだろう。 妹は躍起になって私の攻撃を防ごうとするが、不思議と私にはどうすれば彼女の防御を無効化出来るか分かった。勘が鋭くなったのか、 死に掛けて覚醒した訳ではあるまい、と考えるが、意外とそんな気もした。どうだとしても、結果として相手に勝てるならいいことだ。 どうしてそうなったのかは後で推察しても遅いということは無い。さっきからずっと、新型の顔には大きな疑問符が張り付いている。 確かに。彼女の気持ちも分かる。死に掛けた私が何故元気な時より強いのか、分からないのも当然である。当事者にも分からないのだ。 とはいえ、私が左腕が無いとかそういう点において新型よりも不利なのは変わらなかった。生えて来たなら良かったけれども、 私の体はそこまで便利に出来ていない。ニルソン様が研究している可能性は否定出来ないが、これまでのところ実用化の報も聞かない。 腹部を蹴って後退させる。胸を撃つ。ショットガンの弾が切れた。メイには悪いが、地面に置くような悠長なことはしていられなかった。 地面に落ちる散弾銃。がしゃんと音を立てる。右手は銃把の形に凝り固まっていたが、力を込めると何とか手を握ることが出来た。 顔を殴るのは予測されているだろう。私は前傾し、左斜め前に跳び、右腕を新型の首に引っ掛けて体重を掛けた。ラリアットである。 私のストレートを払おうとしていた妹の腕が、私の行動を把握しようとした主の為に遅れる。何も考えず防御姿勢を取っていれば、 真っ向から私のラリアットを受けることは、まず無かったことだろう。これは私も予期しなかったことだが、命中後新型はぶっ倒れた。 予期しなかったからと動きが遅れる? まさか。私は彼女の首と脇の下を掴んで無理矢理立たせてから、更に数発ほど殴りつけた。 ライフルが彼女の手から落とされる。引っ掛けを疑うもそうではない様子で、本気で掴んでいながら、落とすくらいに衰弱しているのだ。 俄然勝機が見えてきたように思えた。自由になったライフルを持っていた方の手が、イニシアティブ奪回を目指して突進するけれども、 がむしゃらに放ったパンチは私に当たらず、空を殴った。右手にサーベルを持ち、左にライフルだったので、左腕を突き出している訳だ。 私は左腕を掴まなかった。払いもしなかった。ガードが甘くなった体に、蹴りを命中させることも、出来たけれどやらなかった。 右肩を前にして、タックルを胸に食らわせる。こけそうになったが新型は耐えた。姿勢を戻しながら、左膝を股間にめり込ませる。 拳も、砕けてもおかしくない力で彼女の腹部を目掛け攻撃させる。彼女は私の肩に首を掛けて、されるがままになってしまっていた。 肩と首の間に右手を挟んで、引き剥がす。その勢いで新型は地面に倒れた。襟首を掴んで、罠に向かって引き摺って行く。細かい細工は、 彼女を見ると分かるが、その必要性を失っている。今なら罠に放り込むだけでいいだろう。罠の設置場所、屋上への出入り口に向かう。 手から逃げようと何やら抵抗している妹が、やたら非力に思えた。足が立たないらしく手で外そうとするが、私が振り返って数度蹴ると、 少しは大人しくなった。ずるずる引き摺るのを再開する。手が疲れる作業だ。ようやく罠の前まで来て、力を入れて彼女を立たせた。 左手で殴りつけようとして来るが、肘から手首にかけての部分で防ぎ、顔にカウンターをプレゼントした。鼻血が出ていることに気付く。 私が嗜虐的な気持ちをその時持っていたことについて、私自身以外に誰が認めなければならないだろう。私は極限状態に長らく置かれ、 精神的にも追い詰められていたせいで、異常な行動に出てしまったのだろう。後ろに倒れ込もうとする妹の背中に手を回して抱き留めて、 上唇のちょっと上に溜まった我々の血を舐め取った。どうかしていたのだ。あの時の私は。腕を彼女の背中から離すとどしゃりと倒れた。 剣があればこの時に最後の一撃を与えられたのに。落としてしまっていて、取りに行く暇は無さそうだった。私は爆弾の位置を確かめ、 彼女をその上に覆い被せようとした。油断があったかどうかの問いをされたならば、私は不機嫌にもならず、その通りだと認めよう。 勝利の予感は危険なものだと、私は失念していた。新型の肩を蹴って体をうつ伏せにさせ、襟首を持って覆い被せようとした時だった。 彼女の体が突如ぐるりと振り返り仰向けになって、私は右足で蹴り上げられた。腰に衝撃が走り、出入り口を覆う石壁に顔から突っ込む。 当たって倒れると、私は妹の足を目の前に見ていた。妹も私の一本足を見ていた筈だ。先に蹴ったのは私だった。それから向きを直し、 妹に跨った。膝で横腹を蹴り、右拳で顔を殴りつける。きっと私も妹も、お互い見ていられない顔だったろう。確かめる気にもならない。 二度目の鯖折りを試そうとする妹。掛かっては堪らない。右手を彼女の左腕に絡ませて、締め上げる。妹の腕と腕の結合が外された。 もう少しで彼女の腕を折れそうだ。気付いたのは多分、同時。力を入れようとしたのも多分、同時だと思っていいだろう。私が勝った。 ぼきり、と感触。妹の左腕が変な方向に曲がる。残っているのはサーベルを握る右腕だけだが、こう密着しているとサーベルは使えない。 使ったところでどうだというのだ。何度も何度も刺されたいとは思わないが、私の動きを止めるにはどうせ到らないことだろう。 爆弾の設置場所まで、妹と一緒に転がっていく。彼女はどうしてもサーベルで私を串刺しにしたいようだが、手放した方がいいと思う。 彼女を下にして設置場所で止まった。両足で新型の腕を押さえ込み、喉を一打して動きを止める。メイに合図し、爆発までの三秒で、 そこから逃げ出そうとする。念の為再度彼女の喉を貫手で突き、膝に力を込め立ち上がる。残り一と半秒。転げるように逃げようとして、 ぐっとストッパーが掛けられたような力が私に加えられた。何だ? 振り向く。妹がにやと笑う。右手が私の右手首を掴んで離さない。 引き寄せられる。倒れ込む私。私の手首から手を離して、入れ違いに起き上がろうとする妹。私を盾にしようとしたのだけれど、 それは失敗に終わった。それよりも早く爆弾は爆発したのだ。私は一本、足が消えていくような感覚を、コンマ数秒で理解してしまった。 * * * 私はぶらぶらと振れる自分の腕を見て、どうしてこうなってしまったのだろうと首を捻った。私の骨格は名前も無いほどの新合金であり、 折られるようなことがよもやあるとは思われなかったのに……理由はこの内のどれかだ。一、火事場の何とやら。二、酷使したから? でも骨を酷使したからって理由も奇妙なことだ。疲労骨折という言葉もあるが、月単位で考えれば有り得ても二日で折れるならそれは、 新合金の見掛け倒し、役立たずっぷりを露呈してしまっているではないか。宇宙からの降下直前にボディを態々交換までしたというのに。 左腕の折れたところを掴む。捻って、捻って、捻ってみる。辛くなっても捻り続けて、適当なところで思いっきり引っ張ってみた。 ぶちりと千切れて、変な風に腕が体に残る。サーベルで斬り落とすことを検討したがそれよりも、爆風で飛んで行ったお姉様のところに、 私は向かいたかった。メイお姉様を斬り、エイプリルお姉様をここまで追い込んだ自分を褒めてあげたい。最後の楽しみの前に。 ああいや、だがしかしこれは最後の楽しみではないのだ。私は私の自室に置いてある、十二の鳥籠と板を思い出した。剥製のように、 ハンティングトロフィーとして常は飾り、休日には揃って出掛ける素敵な生活。ギルド内での私の地位がどんなものかは知らないけれど、 どうせギルドがどうとかそういうことは私にとって関係の無いことだ。私の興味は自分と自分の部下とお姉様たちにのみ向けられている。 サーベルを握り直して、遠く離れた場所まで飛んで行った──と言っても、メイお姉様のすぐ傍と言えば傍なのだが──お姉様の方へ、 歩を進めようとする。と、私は顔面から地面へと倒れ込んだ。じんじん痛む額や鼻付近。倒れたまま考える。いけないな。私も傷ついた。 お姉様たちとの戦いはまだまだこれからだというのに、こんなことではいけないと思う。でも、お姉様相手なのだから仕方ないかとも。 急ぎ立ち上がろうとすれば地面とキスを繰り返すだけだと知っていたので、私は焦らなかった。それに、もう二人共逃げられないのだ。 美しい蝶は既に私の手の中にあるのだから、後は彼女たちをピンで釘付けにするだけだった。それならば、じっくりやればいい。 右手を握ったまま地に押し付け、そろそろと足を動かして体勢を整える。ゆらゆらしている上に、体中に重りがつけられているようだ。 走れば最初の一歩でそのまま転がっていってしまうだろう。だが私は誰の手助けも借りたくなかった。ここまで、銃の受け渡し以外は、 自分だけでやって来たのだ。よりにもよって終わらせる時に人の手を借りる? 馬鹿馬鹿しい。そこまで重傷じゃない、と思う……私は。 歩こうとして大きくバランスを崩す。立て直して気付いたが、私の足もどうかしてしまったらしい。メイお姉様が見ていたので、 私はちょっと恥ずかしくなった。まあいいや、これもいつか笑い話になる時が来ると私は信じている。今と近い未来には、そうならない。 それでもいずれは、お姉様と私が心を通わせる時が来る筈なのだ。愛とかそういう風に言葉にしてしまえば古く腐り果てた概念になって、 私がお姉様たちに抱く何かとは違うものになってしまうので言葉には出来ないが、いつかはお姉様たちも私がお姉様たちを想うように、 この私を想ってくれると信じている。信じるだけじゃなく行動もするつもりだ。実はプランも大量に立てまくってある。A4紙三百枚分。 三百で足りなければ四百、それで足りなければ五百でも六百でも立てて見せよう。実行もして見せよう。全ては私と私のお姉様の為に。 一歩踏み出す。うわ、惨め。転んだ。地面とはキスせずに済んだが、相棒の視線はかわせない。というか見てて貰わないと困るけど。 何せ私の目は潰されてしまったのだから、私が彼女の視界に入っていなければ、私は私のことが何も分からない状態に置かれてしまう。 相棒からの動画付メールが来た。それを使って知らせたいこととは何かと開封すると、動画は古今東西のアニメから嘲笑のシーンだった。 素っ裸にして艦を一周させてやろうかと思う。昔艦長室から貰った酒を飲んだ時にその場のノリと酔いの勢いでやらせようとしたけれど、 あの時は私の隊でも唯一私に意見出来る、今は相棒のリュックサックの中に眠る愛しき我が友人が本気でキレたので酔いも醒めて止めた。 そういえばあの艦長はどうしているだろうか、後は友人と気の合いそうなその副官。どうせくたばってるだろうと思う。生きてたら凄い。 因みにここまで全部うつ伏せに倒れたまま考えたことだ。いい加減地面と見つめあっているのも飽きてきたので、立ち上がろうと考える。 しかしながら現状を思うに、私は疲労と損傷が限界までとは言わないが随分なところまで来てしまったようだ。立つのはいいが歩くのは、 難しいと考えるしかなかった。走るのはさっきの通り論外。這いずって行くことにした。服を選んでくれた相棒には悪いと感じたが、 這いずってなくてもこの傷つきようでは、新しい服がまたも必要になることは分かり切ったことだろう。丈夫な服が欲しいことだった。 そう考えるとお姉様はとっても凄いのだ。私などこの二日の戦いの内で服をボロ雑巾並にしてしまったのに、お姉様はそうでもなかった。 それに過去の作戦でも服は出撃時と変わらない綺麗さを保っていた。エイプリルお姉様は余り前線に出ないから、と言えないでもないが、 ジャニアリーお姉様やジューンお姉様、ジュライお姉様など、前線の主力になっているお姉様たちも服は綺麗なままだった。やはり凄い。 で、私はまだ顔を上げて無いから地面と熱烈な見つめ合いをしている状態な訳だが、早くしないとお姉様を待たせてしまうだろう。 片腕で這いずる大変さというのを私は知ったが、メイお姉様が何と片手片足で這いずったのを考えれば、そこまでの労でもなかった。 エイプリルお姉様に近づいていく。途中スパスが落ちていたので、動きを止めて、丁寧に埃を払って横に置いた。これも持って帰ろう。 メイお姉様の武器と言えばスパスしかない。エイプリルお姉様を象徴する武器がルガーであるのと同様に、メイお姉様の象徴はスパスだ。 エイプリルお姉様とメイお姉様まで半分のところに来た。小休止する。ぶっちゃけた話、これは辛い。肉体的には労ではないけれども、 地面の埃を吸ってしまう。どう考えても体に良くない。私は、艦に帰ればボディ交換するしいいと考える類のアンドロイドではなかった。 小休止を終え、長い栄光の道を歩む。いや、這いずる。駄目だ、どうにも這うという行為と栄光とかそういう煌びやかな言葉は合わない。 それとこれは残りの距離が最初の四分の一まで来て思ったことだが、サーベルが無くても今なら止めを片手で刺せるのでは無いだろうか。 お姉様のボディも、私がこれだけのダメージを負っているのだからきっと、大問題が発生中だろう。私のダメージはほぼお姉様のせいで、 爆弾の成果は私の動きを止め、限界ギリギリまで耐えていた私の体、その各部分の耐久力をゼロの向こう側に押しやってくれただけだ。 が、ここまで来たんだしサーベルを今更置いていったところで、とも思う。メイお姉様はエイプリルお姉様より元気だし、素手では、 苦戦するやもしれない。二メートル程度離れているからエイプリルお姉様に対する止めの時に手出しすることは出来ないだろうけれど。 エイプリルお姉様の残った方の足首を掴んだ。もう一方は付け根から消えている。引っ張ると、私の体もお姉様の体も動いて、近づいた。 お姉様の上に跨る。ここで相棒からメール。騎……おっと、こんなこと、はしたなくて言えない。相棒には徹底的な教育が必要らしい。 膝をエイプリルお姉様の両脇に突き、サーベルを逆手に持って振り被る。と、お姉様の口が動いていた。私はサーベルをゆっくり戻した。 聞こうとするが、聞こえない。その内に口が止まって、私を見上げるだけになったので、後から聞けばいいやと思って再び振り上げた。 胸中をこれまでの長い想い出が駆け抜けていく。私が生まれた日。私がお姉様のことを知った日。私がお姉様を目指すことを誓った日。 それら全てが今の瞬間の為にあったのだろう。ただ一秒にだって満たない短い時間だが、私は私の余生全てでも得られない最上の喜びを、 得ることが出来るのだ。私は背を反らせて、右腕を大きく振り被り、エイプリルお姉様の喉を目掛けて、私のサーベルを振り下ろした。 声が聞こえて、衝撃が走った。貫いた衝撃と、突き当たる衝撃。ああ、エイプリルお姉様──本当に、お姉様って、素敵だと思いますわ。 * * * 自分の体がどうなったのかも考えなかった。メイに、逃げるように言う。通信が使えなかった。爆弾のせいで、機能を失ったらしい。 声は全くと言っていいほど出なかった。私は繰り返し、聞こえるような声で言おうとしたが、どう頑張っても小さな声しか出ない。 手も動かせそうに無い。動かせるのは後、二、三秒くらいだろう。それ以上動かそうとすれば、地面に落ちて、完全に動きを止める。 それは気力でどうにかなる話ではなかった。怒りとか、ああいうものでどうにかなる話ではなかった。感情は物理法則を捻じ曲げない。 さっき捻じ曲げたような気もするが、それを二度もやれるほど私はタフでなかったということの証明となるのだろう、私の現時の状況は。 妹はこちらに来ようとして倒れたまま、起き上がろうとしない。あの爆弾で致命傷でも負ったか、などとは思わない。それは甘い考えだ。 ほら、起き上がった。引き千切った左腕を蹴り飛ばしたが、気付いていない。体が揺れている。目からは涙とオイルの混合液みたいな、 謎の液体を流し続けている。良く見ると眼球が奥の方に押し込まれているのが分かって、グロテスクだった。今の私は何も感じないが。 メイは柱に背を預けて私の右隣にいる。早く逃げろというのに、従う気が無いのだろう。私には分かった。彼女はいつも私と一緒だった。 今回もそうであるだけなのだ、彼女にとっては。怖いだろうけれど、今回も常通り私の横にいてくれるのだ。知らず入っていた肩の力が、 すぅっと抜けていく。私の親友は気丈にも笑った。私を励ます時専用の取っておきの笑顔だった。目を見張る。彼女は諦めていないのだ。 彼女は、立ち上がって一歩踏み出し転げそうになった妹を見て何か考えている彼女は、今でも、新型を倒す気でいるというのである。 こう言っては何だが、私はメイのことが信じられなかった。こうまでされて勝てると思う彼女が信じられなかった。恥ずかしい話だった。 二歩目を踏み出した妹が倒れる。彼女は動かなくなったが、どうするか考えているのだろう。直に、這って来ることを選択する筈だ。 私は彼女が到達するまでの短いだろう時間の間に、何としてでも親友を逃そうと考えた。私は助かるまい。でも、メイだけは助けたい。 無事だった右手を伸ばす。妹を睨み付けていたメイがこちらに目を向ける。声は聞こえないだろうから、逃げろと口の動きだけで言う。 彼女は無視した。頑固な親友だった。私は色々な理由で泣きたくなったが、涙は落とさなかった。落としたくても出て来なかった。 雨が私の涙に代わって、空気を湿らせ、屋根に落ちる。屋根を伝って雨粒が落ち、その飛沫が私やメイの顔に時々付着したりする。 妹は私たちとの間に落ちていたスパスに到達していた。彼女は丁寧に汚れを落として、傍に除けた。何を考えているのか分からない。 空は暗かったが、私の心はそれよりももっと暗かっただろう。私はこれで三度も打倒されたのだ。親友を守り切ることも出来なかった。 大切な妹たちを後に遺し、部下たちを後に遺し、ギルドとの戦争をリーダー無しで行わせなければならない。裏切り行為に等しかった。 私ではジュライを責められないな、と思う。私も姉妹を裏切ってしまった。罰は、私の死後に起こることを想像すること、なのだろう。 でも、これをどうして勝利に変えられるというのだ。私が出来る攻撃は後一つだけ。銃を抜き、引き金を弾切れまで引くだけなのだ。 立ち上がり、剣を振るうことも出来ない。新たな弾倉を装填し、弾幕を張ることも出来ない。私には二十もしくは八発の弾丸が与えられ、 使えるのはどちらか片方を一度というのである。これで勝てると思っているメイは、倒れている私から見れば奇怪な考えの持ち主だった。 私に残ったのは右手だけだ。左は斬り飛ばされて何処かに転がっている。何処かは関係ない。取り上げてくっつけても元には戻らないし、 残った右手が届く範囲に無ければそもそも取り上げることも出来やしない。そして私が見る限り、その範囲内には何も落ちていなかった。 喉の奥から込み上げて来たものを、顔を横に向け吐き出す。仰向けになっているとこういう時に苦しむことになるのが良く分かることだ。 前にも一回同じことをやったような気がしたけれど、気のせいかしら。最近の記憶さえもが、朦朧として不確かなものになりつつある。 込み上げて来たものを見たのは、昨日今日中で私がした後悔の内の一つである。状態が状態でなければ、それを適切的確に処理した後で、 記憶から抹消してしまっていただろう。生理的嫌悪感を催すに十分なものだった。名状し難い臭いを放つ、濃い赤と薄い赤の交じった、 どろどろの固体とも液体ともつかない何かだ。口を拭うことも出来ない。妹はそうしている間にも、刻一刻と近づき続けている。 私が最後の懇願をしようと、メイの方を見ると、彼女の方から口を開いた。私は彼女の言葉を聞くことにした。伝えたいことは何だろう。 散々痛めつけられた私ほどではないにしろ、彼女も消耗している。メイの言葉は途切れ途切れで、咳き込みながらだったが、私は聞いた。 「頼むよ、エイプリル……後一回でいいんだ、後、一回でいいから──アタシに、手を、力を、貸して、くれないか──エイプリル」 妹が私に到達した。足首を掴み、引き摺り寄せる。私は答えた。メイは私の親友で、戦友で、愛する姉妹である。頼みを断ることが? 止めを刺そうとする褐色の敵は私に跨り、サーベルを振り上げる。下ろされると思った時、ぽっと顔を赤らめて彼女の相棒を向いた。 改めて振り上げる。私とメイは、口の動きだけの会話を繰り返し、文字通りのラストスタンドの打ち合わせをしていた。妹は勘違いして、 自分に向けた言葉だと思ったのか、何を言っているのか聞こうとしたけれど──音になっていない言葉が聞き取れる訳が無かった。 今度こそ、止めの一撃を振り下ろさんと右の逆手持ちで高く掲げられるサーベル。背中まで反らしている。私は残った力を手に込めた。 振り下ろされた。メイが尻と一本ずつの手足で柱と地面を叩き、大体二メートルの距離を埋めた。伸ばされた手に突き立つサーベル。 「エイプリル、銃を抜け──ッ!」 直前の途切れ途切れなか細い力の無い言葉が嘘のように力強く大きな声だった。手を伸ばす。左脇ホルスターへ。掴む。引く。突く。 眼窩へと侵入する。新型が停止する。サーベルはメイの腕を貫き、半ば起き上がった私の喉の横で止まっている。私は笑うことが出来た。 「死の天使の口付けは──」 メイも笑った。私も重ねて笑いを漏らす。 「──あなたの想像よりもハードでしてよ」 * * * 妹が力無く姉の隣に身を横たえた時、フェブラリーは危機に瀕していた。もっと言えば、フェブラリーたち粛清部隊艦にいた人々が、だ。 彼らは外にいた。雨は降り止んでいなかったが、負傷者の搬送などに駆り出されていた為だ。衛生兵以外は全員が外にいたと言っていい。 「フェブラリー様、発砲しますか」 銃を構えて微動だにしない男たちの一人が、そう尋ねる。左手を軽く振って抑えた。彼女は、姉が遂に最強の妹を打倒したのだと知った。 年末型たちが引き金に指を掛けている。いつでも撃てるということだった。一触即発の危険が近づいていた。フェブはジャニアリーに、 可能な限り急いで来てくれるように言った。了解との言葉を返して、ジャニアリーはギルドスカイの速度を上げる。数分で着くだろう。 数分前アンドロイドたちは誰からという訳でもなく動き出し隊列を作って、戦友たちに銃を向けた。兵やコヨーテも、拳銃を、突撃銃を、 自動小銃を、各々の武器を向けた。誰かが一発撃てば、あの地獄に戻っていくのだろう。姉妹兵もそう思った。コヨーテもそう思った。 年末型たちも、そう思った。けれど、『撃てば』はいつになっても『撃てば』だった。誰も撃たない。静かな時間が続いていた。 彼らは迷っていた。彼女らは迷っていた。撃つべきなのか、撃たないべきなのか? 短い間の共闘が互いの間に作られた溝を埋めていた。 年末型たちは、自分たちが出来ればこの人間たちを撃たずに済ませたく思っていることに気付き、愕然とした。そんなことがと思った。 そして冷静にその考えがあることを認めた。生まれて始めて彼女たちは、自由意志の下に戦うことを赦されていた。命令によってでなく。 リーダーは二人ともいない。戦うのは彼女らの自由だ。きっと一日前の自分たちなら、とアンドロイドたちは考えた。遠い昔に思えた。 きっと、過去の自分たちなら喜んで戦い、死んだだろう。でも、彼女たちはもうそんな気にはならなかった。戦いは当分願い下げだった。 彼女たちは戦闘意思の拠り所を失い、自分たちは戦うべきなのかという問いについてあれこれと考え、低回に低回を重ねるのだった。 結論は出なかった。理屈を幾ら捏ね回しても、尤もらしい答えは見つからなかった。永久に続く迷宮に放り込まれたようだった。 それで年末型たちは自分の感情に従うことにした。自分の感じたその想いを信じた。出来ればこの男たちとは戦いたくないという想いが、 間違いではないのだと決めることにした。すると、これもまた今まで感じたことの無いような、まるで夏の大空に感じるが如き、 身と心に染み込むような心地良さを持った、すっきりとした喜びと満足の混合物が、ふつふつと腹の底から湧き上がって来るのだった。 ああ、やはりそれが正しかったのだ。彼女たちはにっこりと微笑んだ。それから、銃を、思い切り、空を目掛けて、投げ上げた。 彼女らのクーロン攻防戦はこれで終わったのだった。姉妹兵が銃を下げる。コヨーテが銃を下げる。全てに勝利した元ギルド兵たちは、 ざっ、と音を立てて踵を揃え、敬礼した。年末型たちも彼女たちに規定された作法で返礼する。コヨーテは興奮の余り叫びを上げた。 その上空をジャニアリーがギルドスカイで通り過ぎて行く。彼女は羽を振って、今や敵味方の関係ではなくなった者たちの頭上に、 等しく祝福を与えた。その下に、かつて銃を向けあい、殺しあった宿敵たちは集い、歩み寄りて、誰彼構わずに抱き締め合うのだった。 オクト、ノヴェ、ディッセも例外ではなかった。彼女たち三人から連絡を受けたジュライはジューンにギルドスカイでの急行を命じたが、 文字通り飛んで行ったジューンが見たのは桃缶の大盤振る舞いだった。ジュライに映像を転送すると、臨時リーダーは呆れ返っていた。 フェブラリーからの通信が入り、ジューンはジュライに新型撃破の報を伝える。彼女の判断は流石、早かった。艦に残っている兵で、 救助隊を編成し、車輌等を活用して現場へ送ることにしたらしい。ジュライはジューンに、先に向かって二人に伝えて欲しいと頼んだ。 何を伝えるのか聞き返すと、口篭ってから、やはり自分で伝えることにすると言った。ジューンはそれで、伝言の大体の見当がついた。 通信を切ろうとする彼女にジュライが確認することがある、と止める。彼女はエイプリルと通信を取ろうとしたが取れないのだと言った。 最悪の可能性が脳裏を過ぎる。フェブは新型を撃破したようだと言っただけだ。撃破した、ではない。もし勘違いだったらどうする? ジュライにはちょっと待っていて貰って、最初の報を発信した彼女に尋ねる。彼女は二つの理由で、新型が撃破されたと断定すると言う。 ──第一に年末型たちが銃を向けたものの、敵対行動に踏み切るべきかどうか迷っていたから。リーダーがいれば決定は迅速でしたわ。 尤もな理由だが、これだけでは弱すぎる。だがもう一つの理由を聞き、ジューンもジュライもフェブの報告は間違っていないと信じた。 ──第二に、彼女たち自身がリーダーの敗北を私に伝えたからです。新型に付き従っていた年末型が向こうから通信で知らせたそうです。 ジューンは誰のことか分かった。艦で桃缶を食べたあの少女だと。ジュライも分かった。新型の隣を占拠した自分に嫉妬した少女だと。 優しい世話係は胸が締め付けられるような気持ちになったが、それを堪えた。彼女たちはそれを選択し、それを実行して、結果を出した。 何が起ころうともそれは彼女たちの選んだことで、あの二人に後悔は無いだろうから、自分がそれをどうこう思う必要は無いのだ。 臨時指揮官はメイへの通信を試みる。これも通じない。もしや相打ちかと思って、ジューンに相談する。ジューンは黙っていたが、 もう待てない、と一言大きく口にした。ジュライが何をするのかと問うのを無視して、丘の下へとギルドスカイを無理矢理着陸させる。 地面を滑り、機体を石で擦りながらも、ギルドスカイは停止した。飛び出て、丘の上へ、姉の下へ、最後の戦いの地へと走って向かう。 妹としての不安と心配が良く分かったジュライは彼女を止めなかった。髪を揺らし、階段を駆け上がるジューン。彼女が屋上で見たのは、 エイプリルの横に倒れた首無しの妹とエイプリル、その体に覆い被さって眠っているメイの姿だった。何と言うことも出来ず立ち止まる。 長姉は起きていた。右手でメイの髪を弄くりながら、救助を待っていたのだ。彼女は救助がいずれ来るものと信じていたし、部下は例え、 敗北が疑われない状況においても救助に向かってくるだろうと思っていた。彼らはそういう人間だからだ。彼らは勝利を疑わないからだ。 ジューンはジュライに、両者存命の報を知らせた。後からジュライは、フェブラリーにサーチして貰えば良かったのではと思ったが、 それは口にせず、己の冷静さが如何に失われていたかを示す教訓として心に留めておくことにした。艦からは大歓声が湧き上がっていた。 * * * それから数日は、大した問題も起こらなかった。ただ一つだけの問題を挙げるならば、それは年末型や姉妹兵たちがどんなに探しても、 ギルド粛清部隊の部隊長、この艦の艦長が、見つからないということだけだった。ジュライは副官の死体の場所まで兵を案内したが、 車の残骸から出て来たのは黒焦げの炭だけで、副官かどうか、ジュライの言葉が無ければ信じることも出来なかっただろう代物だった。 メイは医務室にジュライとエイプリル、それとニルソンという三人の命令によってほぼ軟禁状態に置かれていたが、元気ではあった。 ボディも交換し、腕や足も元通りになって、早くベッドから出してくれと来る人来る人にせっつく。時には部下にさえ脱走を企てさせる。 オーガストは初日から、何度も医務室から逃げ出そうとする姉を、時に宥め、時に脅し、時に泣きついて引き止める役目を仰せつかった。 それは間も無く彼女の日課となり、活発な姉の脱走は医務室前の廊下を通れば、三時間に二回は目にすることが出来る光景になった。 エイプリルは新型戦から帰ってすぐにボディを交換、修復し、ジュライと二人っきりで彼女の部屋に数時間閉じこもった。指揮官を失い、 慌てた部下の兵たちが目をつけたのは、ギルドスカイでの哨戒飛行から帰って来たジャニアリーだった。彼女は疲れを口にしつつも、 満更でもない様子で指揮を執り始めた。ジューンは短気な性格のせいで何かと不手際の多い彼女を補佐しようとして、忙殺されている。 ジューンには正直な話信じられなかったが、そういった周囲の心配を他所に、オクト、ノヴェ、ディッセは所謂『良い子』にしていた。 桃缶は缶切りを使って自分で開けたし、あれやこれやと大掛かりな悪戯をするのも、今は控えているようだ。兵士たちのところに行き、 彼らの仕事を手伝い、士気を高めさせて、現場指揮官の役目を買って出ている。ジュライはエイプリルと共に閉じこもって数時間後、 溝のあった姉と共に出て来た。彼女たちの頬にはそれぞれ二つの平手の赤い痕があったし、それ以外にも打撲傷が見受けられたが、 姉妹兵たちはとても怖かったので触れないでおいた。ジュライ隊隊員曰く、特に同隊にはそれから暫くの間、寒い時代が訪れたという。 彼女たち二人の間の溝がなくなるまでには時間を要するだろうが、兎にも角にも、段々と深かった溝は埋まり始めているようだ。 フェブラリーは別の理由で、現場を離れ、彼女の部屋に引きこもった。部下の兵は心配して、眼鏡を隊の生き残り全員で選んで贈ったり、 コヨーテたちから聞いた美味しい菓子や食べ物を持って代わる代わる部屋を訪れたが、出て来なかった。でも眼鏡は掛けてくれたし、 体調も悪そうには見えないから大丈夫だろうという結論に到ったので、彼らは安心して以降フェブラリーの邪魔をしないように注意した。 姉妹兵たちの内、北部戦線で戦い、傷ついた兵士たち。その中でも艦方面への救助隊に加わらなかった数名と、負傷者たちの心配は、 彼らを救った一人の英雄の命がどうなるかにあった。ヴィクトールは生きてはいたが、いつ死んでもおかしくない状態で保たれていた。 ニルソンは特に選んだ三名の衛生兵と一緒に手術室に入り、入り口の上のランプは点灯を始めた。ジャニアリー隊の兵も、他隊の兵士も、 祈りを捧げない男はいなかっただろう。廊下は途中から仕事を放棄して来た兵で埋め尽くされていた。姉妹も咎めることは出来なかった。 現場指揮のオクト、ノヴェ、ディッセも、彼らと一緒に部下の無事を祈り続ける。何人かコヨーテの姿も、ちらほらと見ることが出来た。 マーチは彼ら彼女らが放棄したその尻拭いをしていたと言っても過言ではない。彼女は文句も不平も言わなかったし、訴えなかった。 が、姉妹兵と現場指揮官たちは、後から彼女に高い代償を支払うことになった。コヨーテ特有の明け透けな態度と言葉と行動には、 さしものマーチも対応を苦慮することになった。隙を見せれば尻を触り、腰に手を回し、胸を触って来る。更には若いコヨーテよりも、 年老いたコヨーテの方がそういう変態の輩が多いので、殴るにしても蹴るにしても手加減しないと死にそうで困った。しかしながら、 マーチは彼らが若者よりしぶとく、蹴ってもいいと悟るに到り、老人たちは命を賭してセクシャルハラスメントに挑むことを要求された。 また、彼女はその日の仕事が終わった後、結局最後まで戻って来なかった男たちに対する復讐も忘れなかった。彼らは大抵無理難題を、 たまには絶対不可能に近いようなことを命じられ、それをやるか、服従を誓うかの二択を選ばされた。一人の不遜な男はそれを蹴り、 どちらも選択しないなどと豪語していたが、数時間後には後者を選択し椅子にされていた。仲間は彼を笑ったが、後から同じ目に遭った。 マーチ隊の兵士はいつまでも祈っていないで彼女と一緒に働いたし、見つければ隊長に代わってコヨーテに罰を与えたので、誰一人、 椅子にされるとか水のなみなみ入った大皿から一滴でも零したら撃つと言われたりとかそういうことは無かった。彼らは羨ましがった。 オクトやノヴェにディッセは果敢に反撃したが、最後には桃缶を開けてマーチに食べさせるという屈辱と痛みを味わうことになった。 この件に関しては長姉からの叱責があったとも言うが、マーチはそんなものがあったとしても一向に意に介さずに普段通りでいただろう。 罰を受けながらの祈りが通じてか、ヴィクトールはニルソンと衛生兵の手で、危うく死にそうになりながらもこちら側に戻って来た。 それまで死んでいた、死ぬものと思っていたハンスは驚き、ヴィンスとシグリッドなど、北部戦線を僅かな人数で守り抜いた男たちは、 全員一致で最初に彼と会うべき男とされ、全くの異例ながら、ジャニアリーは彼らの後に会うことになった。因みにハンスは彼女の後だ。 ヴィクトールと一緒に残った、衛生兵を含む防衛隊が、ニルソンたちが彼を運び込んだ臨時病室に入っていく。彼は静かに眠っていた。 起きていればその後の話を出来たのだがと男たちは思ったが、受けた傷のことなどを考えると、仕方ないことだとも考えることが出来た。 彼が裸でベッドに眠っていたことを知らなかったので、ヴィンスは不意に受けた違和感を解消する為に毛布をめくった。彼は口を開けた。 撃たれた場所に、傷跡が無かったのである。勿論設備があれば消すことは出来る、が、それでも痕跡は残る。不自然な感触などの、だ。 それに色が白過ぎた。ヴィクトールは白人だから白いのは当然だが、人間にしては白過ぎるという白さだった。彼はアルビノではない。 気付いた男たちは、彼の地肌らしい部分と、白過ぎる部分の境目を発見して、確信を強くした。触ってみるが、どちらも柔らかい。 寧ろより白い部分の方がまるで女性の肌のように柔らかく、すべすべとしていて、本物のヴィクトールの肌よりそれらしいものだった。 ドアが開きニルソンが入って来たので、ばっと毛布を被せて隠す。気付かないことは考えられなかった。ニルソンもそれは分かっていた。 十五分から二十分ほどして出て来た彼らは皆、複雑な顔をしていた。二番目のジャニアリーが小箱を手に持って入ろうとすると、 ニルソンが彼女を止める。ヴィクトールは眠っているし、それでは彼女の目的は達されないと諭す。ジャニアリーはやけに素直に従った。 ハンスもそれを聞き、それならば目を覚ました時こそ再会の時だと思い、踵を返して仕事に向かった。廊下からは人が減り、いなくなり、 長らく失われていた真の静寂が戻った。ニルソンはその中を歩いて医務室に向かい、脱走しようとするメイと出くわす。たしなめると、 彼女は恥ずかしそうに頭を掻きながら謝り、追い掛けて来たオーガストの投げつけた演習用卵型手榴弾を後頭部に食らって倒れ込んだ。 丁度良く別の所用で通り掛かったエイプリルに助力を頼み、メイをベッドに戻す。ベルトか何かで縛り付けることを長姉は提案したが、 それは幾ら何でも可哀想だと手榴弾を投げて気絶させたオーガストが反論する。メイが目を覚ましたのを契機に、エイプリルは退室した。 廊下に出ると、再度呼び止められる。ジュライと、フェブラリーだった。珍しい組み合わせだと思いながら、用件を尋ねる。 神妙な面持ちだったので、重要なことなのだろうと身構えた。それは正しかった。フェブが新型の記憶野からコピーしたメモリーの中に、 ある重大なことが記されていたのだということだった。そんな話を立って、廊下でするのも何なので、エイプリルの部屋に向かい、入る。 新型についてはエイプリルも不安を感じていた。エイプリルはジューンが来た時起きていたが、その前には少し気を失っていた。 その間に、新型の首が無くなっていたのだ。サーベルと、ライフルも消え失せていた。何が次に起こるか長姉は見当をつけられたけれど、 対応する余裕が彼女には無かった。だから余裕が生まれた時には、粛清部隊艦のアンドロイド隊のボディ集積所を、二十名の姉妹兵で、 強固な防備をするように真っ先に命じた。以来、誰も入っていない筈だった。一回だけ、お下げのある年末型を見たと聞いたけれど、 後から誤報だったと分かった。ジュライはフェブに、新型の記憶について説明するように言う。彼女は頷き、新型の記憶の中に、 次回のギルド幹部が集まって行う会合の予定があったという話をした。場所や参加者たちがはっきりとあって、会合の参加者の中には、 新型と粛清部隊長の名前、それにこのクーロンや他の多くの惑星を管轄している、幹部の中でも実力者と評判な男の名前も入っていた。 エイプリルは初めてそこで新型の名前を見て、彼女にもちゃんと名があったのだと思い、名乗らなかったのは何故なのだろうかと考えた。 けれどそんなことは考えて分かることではなかったので止め、会合の襲撃を検討することにする。フェブは彼女から大いに賞賛を受けた。 ジュライとフェブはギルド側、エイプリルが姉妹隊側で突入方法と敵の防衛や突入後の防御作戦を模索していると、部屋がノックされる。 七十人弱の年末型が、一糸乱れぬ敬礼で、ドアを開けたフェブに挨拶する。それに気圧されて、フェブまで敬礼で返してしまった。 姉妹隊、並びにコヨーテとの戦闘をこれ以上望まないとした彼女たちは、戦闘終了後自ら、姉妹隊への加入を強く希望し始めた。 一部の兵士たちが即決で勝手に姉妹隊に編入してしまったが、エイプリルとジュライはそれを却下し、今日、結果を伝える筈だった。 エイプリルはその為に、医務室前の廊下を通っていたのだ。あの後、本当ならば年末型たちが作業に従事している場所へ行く予定だった。 ジュライに一言言って席を離れる長姉。彼女なりに考えた結果だから何を言われても我慢しようと、年末型たちは事前に話し合っていた。 しかし十二姉妹隊に入りたいと思っていることは間違いないので、エイプリルを前にすると自然緊張する。彼女が許してくれるかどうか、 年末型の誰にも分からなかった。彼女たちが姉妹隊に入ろうと思ったのは、初めて得た自分たち以外の戦友に、付いて行きたいと、 全員が心から願ったからだ。それを却下されることについて、不安と心配を感じるなという方が、おかしな話であることだ。 厳正な十二姉妹による審議と姉妹隊兵士たちの意見により決定された十二姉妹隊全体としての意見は、と、エイプリルが言葉を発する。 数秒後、可愛らしい声で、狂喜を含んだ叫びが上がった。彼女たちを猛烈に隊に迎えたく思っていたオクト隊などの兵士たちの内で、 偶然その近くを通っていた兵がそれを聞きつけ、理由を察して、同じような大声を出す。それがまた別の隊の兵に伝染して、さながら、 クーロン攻防戦終結時の如き騒ぎになった。その頃ヴィクトールは、こっそり様子を見に来たジャニアリーの目前で覚醒していた……が、 若き英雄そして大切な部下の目覚めで大喜びしたジャニアリーが飛びついた時、彼女の行動に驚き過ぎてまた気を失うことになった。 彼が意識を取り戻すのは、それから四時間三十五分二十四秒後となる。ジャニアリーは責任を感じ、それまでずっと彼の横にいたそうだ。 * * * ヴィクトールへの勲章授与は回復した彼のたっての希望で、彼とジャニアリーだけで行われることになった。兵士たちは不平を言ったが、 声の大きかった兵士数人はハンスやヴィンス、ゴッドボルトにシグリッドを始めとする彼の戦友と、漏れなく一戦交えることになった。 但し彼にシルバースターが与えられる頃には彼の体のこともある程度広まっていたので、そんな輩はそう多くは存在しなかった。 激しい素手での戦いの裏で授与が行われた後、部屋から出て来た彼はふらふらしていたが、彼は一切の間違いなく生きていた。 胸についた銀色の星を見て、歓声と祝いの言葉が飛び交う。あれほど不平を言っていた兵も、彼の姿を一目見るなり口々に賛辞を叫んだ。 彼は英雄だった。生きた英雄だった。彼は称えられ祝され肩を叩かれ、何か飲もうとすれば奢ろうとされて自分の金では飲めなかった。 だが十二姉妹隊にはそうではない英雄もいた。死んだ英雄もいた。例を挙げるなら、彼だろう。ユーリー・ダニロフ。ディッセ隊小隊長。 朝、寝台点呼が許された者を除く兵士たちは、繁華街東部の空き地を借りて、点呼を行った。粛清部隊の突撃艇は回収された後であり、 場所はたっぷりあった。彼らはコヨーテたちに威圧感や無駄な反感、過去の感情を呼び起こさせない為に、装甲服を着込まなかった。 生き残った男たちは、一人ずつ名前を呼ばれる度に、大声で返事をする。死んで倒れた男たちのところに差し掛かると、その度、毎回、 読み上げる姉妹たちの声は止まった。そして数秒後に、返事がされないまま、何事も無かったかのように次の兵士たちの名前を呼ぶのだ。 その調子でオクト、ノヴェまで済み、ディッセの番になった。小隊長の名前は真っ先に呼ばれるので、最初から数秒の空白が生まれた。 十二の隊で彼女の隊だけが小隊長を失っていた。セプ隊小隊長ヘンドリクスもフェブ隊小隊長フレデリックもジューン隊小隊長アレンも、 負傷はしていたが死んではいなかった。ディッセはそれでも気丈夫に、彼の名前を高らかに叫んだ。答えは無い。数秒が経った。 次の兵に行こうとした時、誰かが一歩前に出た。それは彼女の隊の兵だった。彼はディッセが何か言う前に先程の彼女より大声で叫んだ。 「彼に代わって答えます!」 不覚にもディッセは涙を流しそうになった。兵が分からないくらいに上を向いて堪えようとする。涙は捨てたのだから泣いては駄目だと。 けれどそれは幼い少女には過酷な行為だった。大切な部下が死んだのだ。それを理屈で割り切れるほど彼女は指揮官でいられなかった。 右目から顎へと、一本の線がつく。それで終わりだった。ディッセは自分がいつまでも単なる子供のように振舞えないことを知っていた。 オーガストは彼女の妹を見ながら、自分が最後に見たユーリーを思い出していた。彼は今、軽くなって、土の下に埋まっているのだ。 彼だけではなく、他の戦死者たちも。コヨーテでも十二姉妹隊の兵でも、死ねば関係は無かった。彼らは実に丁重に扱われ、埋められた。 年末型たちも全員が揃っていることをエイプリルに伝達する。彼女たちには名前が無かったので、それをどうにかしなければならないと、 エイプリルは思った。名付け、識別出来るようにする手段を取り、部隊として機能させるべく訓練もさせなければならないだろう、とも。 今日、彼ら彼女らはクーロンを旅立つのだった。それには二つの理由があった。一つは会合に間に合わなくなることを恐れた為であり、 もう一つはミスターが帰って来るという話を知ったからだった。コヨーテは十二姉妹に気を利かせて姉妹隊のことは伝えていなかったが、 ミスターたちは不完全な情報──十二姉妹隊と粛清部隊がクーロンで戦闘を始めた──に基づいて、戻って来ようとしたのだった。 それは当たり前のことだった。誰もが予期していたことだった。十二姉妹とその兵士たちは慌てず騒がず、星を離れる準備を始めた。 予定では彼らが星を出た一日後ミスターはクーロンに到着する筈で、彼が一体どんな顔をするだろうとコヨーテたちは思ったものだった。 マーチは普段より多くセクハラを受けたが、その日だけはほんの少し蹴りを強くしておいた。次来た時、痛みを忘れていると困るからだ。 エイプリルはコヨーテの纏め役、リーダーと話し、今まで姉妹兵で守っていた粛清部隊艦のボディ集積所の警備は厳重にと言っておいた。 年末型の替えボディは全部運び出したが、セプ型と新型のボディは残っていた。研究の為に一つずつ運んだ以外は処理しようとしたが、 姉妹のリーダーには他に考えがあるようで、そのままにさせていたのである。彼らはそれを快諾し、請合ったが、長姉は少々心配だった。 出発の時が来て兵士たちは繁華街から宇宙港へと戻った。弾痕や手榴弾の爆発痕を触ったり足でつついたりしながら、彼らは戻っていく。 コヨーテの誰一人、見送るなどということをしようとした者はいなかったし、それを求めた十二姉妹隊の兵も一人だっていなかった。 彼らは呆気なく宇宙に上がり、出港時間から数十分もすれば、クーロンを見下ろす場所にいた。姉妹と兵たちは様々な思いを抱きながら、 クーロンの地表に目を向けた。戦友の眠る場所。偉大な、栄光ある、誇りある独立の為の戦いが始まった場所。ハンター・ベネットと、 姉妹とマダムが交戦したのが最初の戦闘だと主張する人間もいたけれど、あんなものは戦いではないというのが全体的な意見だった。 エイプリルはかつてはマダムが座り、今は自分が座る椅子から立ち上がる。左を見ると、メイがいる。右にはジャニアリー、ジュライ、 ジューン。後ろにマーチとフェブ、オーガストとオクト、ノヴェ、ディッセ。エイプリルはこちらを振り返った兵士に頷きかけ、言った。 「進路設定、予定航路!」 * * * 「これがその資料です。ただ、難解ですよ。現に私にはさっぱり分かりませんから」 「君がそう言うなら、きっと神様にだって分からないんだろうな、ちびっ子?」 不愉快な呼び名で自分のことを言われて、プティは顔を赤くした。資料を読んでいた男が溜息を吐いて、挑発的な言動を慎むように言う。 直前に取った食事の為に張った腹を撫で擦りつつ、ディッカーヘンが資料を流し読みする。が、渡し主の言葉通り、難解この上なかった。 その場の誰も、最後まで読まなかっただろう。彼らは明らかにその資料が必要であるとは感じなかった。その資料が生み出すものこそが、 彼らにとって必要なものだった。男たちは粛清部隊長の送りつけた保険に食らいついているのだ。ペトルッツィの思惑は成功していた。 「さて、これは反省会とでも言えばいいのかな? 十二姉妹がそこまでやってのけるとは思わなかったが、粛清失敗についてが議題だ」 男はやたら友好的な態度を取ったが、周りはその為に身を固くし、失言をしないように口を引き締めた。こういう時の彼は危険なのだと、 幹部同士の付き合いの内に彼らは身を持って知るか、見る聞くなどして知っていた。男は誰も口を開かないことに苛々しながら、続ける。 「我々は純粋な兵士だけで一個大隊が編成出来る人数と、戦艦一隻を与えた。彼はその上にアンドロイド隊を編成して戦力に上乗せした。 それで、どうして失敗したのだろう? 私たちに考える必要が無いとは思わないな? 我々は彼女たちを粛清しなければならないのだ。 で、あるのならば」 彼はばん、と机を叩いた。ディッカーヘンは身を震わせたが、周りはそれも出来ないほどに身を固くしてしまっていた。男は笑った。 近くの丸窓に寄って、何処までも黒い宇宙を背にし、肩を大きく竦めて、震えた中年幹部に声だけは優しく、尋ねかける。 「驚かせてしまったかね、ヘル・ディッカーヘン?」 否定する。彼は、それは良かった、と面白くも無さそうな顔で言い放ち、失敗を成功に変える為に考えなければいけないという持論を、 身振りと手振りと大声とで幹部たちに訴えた。幹部たちには頷くだけしか選択肢などなく、どうやって粛清するべきか、いつするか、 余り有益ではなさそうな議論と討論、思考を重ねた。途中、考えろと言っていながら参加していなかった男が、二つの空席に気付いた。 ペトルッツィのものと、誰のものだろうかと思い、隣の幹部に尋ねる。彼は事情を知っていて、アンドロイド隊隊長が座る席だったと、 手短に説明してくれた。議論に戻ろうとする彼の肩を掴んで振り向かせ、そのアンドロイドはどうなったのかを尋ねる。破壊されて、 十二姉妹に回収されていることだろうと彼なりの予測を口にすると、男は黙り込んだ。顎を撫で、考える。三度目に振り返らせて聞いた。 「そのアンドロイドは、今日、ここで、会合があると、知っていたのか? つまり、この艦がここにあることを?」 そうでしょう、恐らくはという返答がやって来て、いよいよ男は口を閉ざした。幹部たちも異変に気付き、話していた一人に尋ねる。 その内に、別の幹部が気付いた。解析されていたら? 完全に撃破される前に人工脳の情報を抜き取られていたら? 彼は青ざめた。 保安部に連絡し、彼らの宇宙要塞兼空母となる艦の武装を全てオンラインにして、敵の接近に備える。来ないならいいが、来たらマズい。 男はそして、彼女たちが来ない筈がないのだと知っていた。武装をオンラインにしてすぐに、レーダーに反応有りとの報が入る。 貨物船などではないらしい。男は不安だったので、また保安部に連絡し、完全武装の装甲服を着込んだ兵士を八人寄越せと命じた。 返事の数十秒後にはドアのノック音がして兵士たちが入って来る。見られてはならないだろうと資料を片付けて、彼は議論を再開させた。 暫くして保安部から連絡が入り、レーダーの有効範囲内から反応が消えたと伝えて来た。男は胸を撫で下ろしたが、兵は帰さなかった。 その判断が次に起こった事態に対して有効だったか無効だったかは別として、彼の判断が正しかったことは認めなくてはならないだろう。 突如として爆発音と銃声と砲声が、保安部に繋いだ電話機越しと、防音壁の向こうから聞こえてきた。大きな揺れも感じられた。 何事かと叫ぶディッカーヘンも、プティも無視して、男は窓が無い壁に寄った。それまでで一番大きな揺れがやって来る前に、保安部は、 火器管制等を乗っ取られていることを叫んだが、男には関係の無い話に近かった。揺れが生まれ、後頭部を思いっきり打って倒れる。 意識があったから、彼は生きていられたのだろう。見ると窓のあった壁は破壊され、彼も見たことのある突撃艇が突き刺さっていた。 宇宙に隙間から空気が抜け出していくが、即座に防衛機構が働き、ガムのようなもので応急処置される。艇を観察し、男は舌打ちをした。 マークは粛清部隊のものから、姉妹隊のものへと描き変えられているのが、姉妹隊のペイントの上からでも判別することが出来た。 こちら側に向いていたドアが開いて、スパスの銃口が突き出される。反応の遅れたギルド兵たちの内三人は、素早く発砲された一粒弾に、 胸を貫かれて倒れた。二つの影が飛び出し、一つは一人の胴を薙ぎ、一つは同時に二人の首を跳ね飛ばした。最後に出て来た姉妹は、 残っている二人の兵士に飛び掛ると、剣を二度振っただけで始末してしまった。逃げるディッカーヘンの背中に、見もせずにルガーが、 三、四発は撃ち込まれる。ショットガンがその後、彼の頭を吹っ飛ばした。部屋の隅に逃げた男は、プティに止めが刺されるのをも見た。 せめてもの反撃をと、傍に転がった突撃銃に手を伸ばす。と、胸に異物と、猛烈な痛みが襲い来るのを感じた。男は撃たれたのだった。 撃ったエイプリルとその親友や妹たちはすぐ殺す気は無いようで、妹からの通信を聞いているようだった。勿論、男には聞こえなかった。 十二姉妹の長姉は通信を聞き終わってから、耳に当てていた手を下ろし、ルガーの弾倉を新しいものに換えながら、男に言った。 「宇宙と壁一枚で繋がった場所で会合するのは感心しませんわね。こんな時、どうするつもりでしたの?」 男は自分が死ぬことを信じることが出来ていたので、落ち着いて言い返すことが出来た。彼は鼻を鳴らしてから、その言葉に答えた。 「俺は窓が無いと息が詰まる口の人間なんだ。悪いか?」 いいえ、と彼女は答えた。それから止めを刺そうとしたが、それよりも聞きたいことがあったので、彼はそれを止めてから尋ねた。 「放っとけば死ぬ男の頼みだ。一つ聞かせてくれ。君らはこれから、何を始めるつもりなんだ? 我々を敵に回して」 彼の言葉をその通りだと思ったのか、エイプリルたちはとっととこの会合の部屋を出ることにしたらしかった。彼女たちが質問に、 答えないで放置していくことを考えたけれど、そうなったからどうしたというのだ、と男は思う。しかし結局、十二姉妹は答えてくれた。 四人が戸口で振り返って言う。 「ショータイム!」
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名前 :武器の名前 素材 :必要な素材。バスタードソード以外はすべて1個 販売 :販売価格。ストーリーモードでは2倍になる 経験値:武器を1つ作成するときに得られる値。多少のブレがある 攻撃力:敵に与えるダメージを決める 必要経験値:武器を作れるようにするために必要な経験値 秘伝書:秘伝書の入手方法(レアのみ) 素材 :素材の入手方法(レアのみ) 説明 :レア効果 名前 素材 販売 経験値 攻撃力 必要経験値 秘伝書 素材 説明 ロングソード 鋼材 500 1 6 0 (なし) (なし) バスタードソード 鋼材*2 1500 2 11 0 (なし) (なし) サラマンドソード ファイア石 2000 3 13 5 (なし) (なし) フリーズブレイド アイス石 2000 3 13 5 (なし) (なし) 雷鳴剣 サンダー石 2000 3 13 5 (なし) (なし) ナイトソード ウーツ鋼 4300 5 25 50 (なし) (なし) クレイモァ ウーツ鋼 3800 5 33 100 (なし) (なし) フランベルジュ ダマスカス鋼 9000 10 55 200 (なし) (なし) グラディウス ダマスカス鋼 8000 10 73 300 (なし) (なし) ディフェンダー ミスリル 15000 20 98 500 (なし) (なし) ルーンソード オリハルコン 26000 50 104 700 (なし) (なし) 日本刀 オリハルコン 22000 50 145 800 (なし) (なし) 鋼の槍 鋼材 500 1 6 0 (なし) (なし) 火炎槍 ファイア石 2000 3 13 5 (なし) (なし) アイスランス アイス石 2000 3 13 5 (なし) (なし) サンダースピア サンダー石 2000 3 13 5 (なし) (なし) ロングスピア ウーツ鋼 4000 5 27 50 (なし) (なし) パルチザン ウーツ鋼 3600 5 35 100 (なし) (なし) トライデント ダマスカス鋼 8500 10 64 200 (なし) (なし) ハルバード ミスリル 18000 20 72 500 (なし) (なし) ホーリーランス オリハルコン 28000 50 87 700 (なし) (なし) 大身槍 オリハルコン 24000 50 125 800 (なし) (なし) ティルヴィング ウウァフルラーメ 23000 120 112 1000 魔王編、酒場、9日目 魔王編、調査隊、その2 金庫に預けている額に+0.3%の利子が付く(3%まで) ダーインスレイヴ ホグニ 28000 100 176 1000 魔王編、おじいさん、7日目 魔王編、調査隊、その1 秘伝書が手に入る フロッティ ファーヴニル 26000 100 196 1000 魔王編、おじいさん、7日目 魔王編、調査隊、その1 レアアイテムの在り処がわかる ミスティルテイン フロームンド 28000 40 98 1000 魔王編、おじいさん、7日目 魔王編、調査隊、その1 冒険者たちのレベルが上がり攻撃力が1増える リジル シグルズ 15000 20 36 1000 魔王編、酒場、9日目 魔王編、調査隊、その2 売り上げが20%増える カラドボルグ フェルグス 22000 40 24 1000 魔王編、酒場、9日目 魔王編、調査隊、その2 与えるダメージが20%増える(その日限り) クラウ・ソラス ヌアザ 8000 40 88 1000 魔王編、クレイモア、9日目 魔王編、情報屋 素材依頼料が40%引きになる(その日限り 80%まで) フラガラッハ ルー 7000 20 32 1000 人間編、武器、22日目 人間編、情報屋 ウーツ鋼が40個手に入る アスカロン ゲオルギウス 13000 20 43 1000 人間編、海賊、20日目 人間編、情報屋 次の日の販売でお客様の入りが2倍になる アロンダイト ランスロット 14000 20 32 1000 魔王編、クレイモア、9日目 魔王編、情報屋 その時依頼していた素材の必要日数が1日縮まる ナーゲルリング ディートリヒ 7000 20 38 1000 人間編、武器、22日目 人間編、情報屋 ダマスカス鋼が20個手に入る オートクレール オリヴィエ 26000 20 80 1000 ダーインスレイヴ フロッティ 鍛冶経験値を1000獲得する ジュワユーズ シヤルルマーニュ 37000 80 160 1000 ダーインスレイヴ フロッティ 他のレア武器より販売価格が高い 髭切 渡辺鋼 19000 100 262 1000 人間編、ルーンソード 人間編、調査隊2 秘伝書が手に入る 膝丸 源頼光 17000 100 282 1000 人間編、ルーンソード 人間編、調査隊2 レアアイテムの在り処がわかる 村雨 犬塚信乃 23000 80 324 1000 ダーインスレイヴ フロッティ 他のレア武器より攻撃力が高い 村正 徳川家康 21000 100 148 1000 人間編、ルーンソード 人間編、調査隊1 万引き犯が現れる確率が2%低くなる(1%まで) グラム シグムンド 21000 60 142 1000 人間編、武器、22日目 人間編、調査隊2 闇ギルドで売られる素材の価格が5%引きになる(50%まで) レーヴァテイン シンモラ 100 80 538 1000 髭切 膝丸 他のレア武器より攻撃力が異常に高い エクスカリバー アーサー 7000 20 39 1000 人間編、武器、22日目 人間編、調査隊2 オリハルコンが4個手に入る バルムンク ジークフリート 11000 80 436 1000 人間編、ルーンソード 人間編、調査隊1 他のレア武器より攻撃力がとても高い ブルートガング ハイメ 29000 100 164 1000 人間編、海賊、20日目 人間編、調査隊1 ロングソードの人気を下げる デュランダル ローラン 19000 40 62 1000 ダーインスレイヴ フロッティ 冒険者たちの会心の一撃が出る確率が1%増える 天之尾羽張 伊邪那岐 15000 20 10 1000 髭切 膝丸 その日に限り冒険者たちの会心の一撃の出る確率が20%増える 天叢雲剣 須佐乃男 7000 20 35 1000 人間編、武器、22日目 人間編、情報屋 ミスリルが10個手に入る 布都御魂 建御雷神 29000 160 178 1000 魔王編、クレイモア、9日目 魔王編、情報屋 掃除回数が300増える 御手杵 結城晴朝 29000 60 158 1000 魔王編、おじいさん、7日目 魔王編、調査隊、その1 鋼材が20%割引される(90%まで) 日本号 母里友信 31000 200 256 1000 魔王編、酒場、9日目 魔王編、調査隊、その2 金庫額の1/1000のダメージを与える(ただし金庫が空になる) 蜻蛉切 本多忠勝 26000 60 188 1000 ダーインスレイヴ 魔王編、情報屋 石が10%割引される(90%まで) グングニル オーディン 51000 80 1 1000 髭切 膝丸 他のレア武器より販売価格が異常に高い ゲイ・ボルグ クー・フーリン 25000 100 204 1000 人間編、ルーンソード 人間編、調査隊1 鋼の槍の人気を下げる ブリューナク ルー 43000 80 90 1000 髭切 人間編、情報屋 他のレア武器より販売価格がとても高い 天沼矛 伊邪那美 100 1 1 1000 髭切 人間編、25日目、1つもらえる レア武器ボーナスの効果が2倍になる(一部例外あり) 鍛冶技術ツリー ロングソード |- - - - -|- - -|- - -|- - -| 天叢雲剣 バスタードソード サラマンドソード フリーズブレイド 雷鳴剣 | | | | | 天之尾羽張 | レーヴァティン フラガラッハ 布都御魂 | |- - - - -|- - - - -|- - - - -| フルートカンダ ナイトソード クレイモア ティルウィング | | |- - - - | |- - -|- - -| ダーインスレイヴ オートクレール フランベルジュ フロッティ グラディウス ナーゲルリング | | |- - -|- - -| |- - - - -| 日本刀 ルーンソード クラウ・ソラス ディフェンダー カラドボルグ |- - -| | |- - -| | 村正 髭切 | - -| バルムンク グラム エクスカリバー | | ミスティルテイン ジュワユーズ | | 村雨 膝丸 | | リジル アスカロン デュランダル アロンダイト 鋼の槍 |- - -|- - -|- - -|- - -| | ロングスピア 火炎槍 アイスランス サンダースピア | | | |- - - - -| 天沼矛 パルチザン トライデント |- - -| |- - -| 大身槍 ハルバード ホーリーランス ゲイ・ボルグ | | | | ブリューナク グングニル | |- - -|- - -| 御手杵 日本号 蜻蛉切
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独立戦争編Ⅱにおけるニグリティア 前作における『新型』。 前作最後の敵にして、最高の味方。 一年経ってもさっぱり成長しておらず、 特に褐色肌について触れられると激怒する。 今作では、話者の不注意と研究不足から、 七曜姉妹がこの怒りを直撃させられることになった。 独立戦争編Ⅱにおける戦闘スタイル 恐るべき威力で大型のバレットだけでなく、 銃に斧がついたのか、斧に銃がついたのか、 判断に困る武器『バトルアックス』を二つ入手。 今作ではバレットよりむしろそちらの方を、 プライマリアームとして使っている。 設定画 (画像をクリックで拡大化)
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創作武器一覧 創作者 画像 名前 Lv AT AGI RANGE TYPE MP AT TIME 備考 ロック・コール メリケンサック 4 15-20 10-25 20 physical 0 0-0 - 刀先のおかげでRANGEが少し広くなった。 ポイズンサーベル 4 12-18 20-30 30 poison 25 3-3 0.5s 初めて作られた創作武器。 ロックサーベル 4 15-20 20-30 30 physical 30 5-10 - 作者のお気に入り。 フェザーロックサーベル 5 26-30 20-30 30 physical 50 7-15 - あらゆる部分が強化されているロックサーベル。 エナジーロックサーベル 5 20-25 20-30 30 physical 70 5-10 - 追加攻撃が主体と化したロックサーベル。 カタナ 4 15-20 15-24 35 physical 0 3-5 - ATは低めだが、AGIが低く、残像が追加攻撃となった。
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独立戦争編Ⅱにおけるサマー ギルドのアンドロイド開発計画の中で作られた一体。 兵器取り扱いに長ける他、多くの武器を内蔵しており、 高い戦闘能力を有するが、コストが二番目にかさむ。 5.7ミリPDWと、7.62ミリ、12.7ミリ、 20ミリ擲弾などが内蔵されており、 他にも幾つかの内蔵武器がある。 単純馬鹿な性格であり、オールシーズンズ中、最も裏表や腹に隠した一物といった類のものがない。 絶えず喋りたがる為、騒がしい上に馬鹿っぽいが、ウィンタとは不思議と仲が良い。 但し、二人が談笑しているように見える時があったとしても、 実際にはサマーが一方的に喋り立てているだけである。 設定画 (画像をクリックで拡大化) (初期案の為、本編と一部設定に違いあり)